居合だましい

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第6話 第一章『形見草かたみぐさ

あの日も、東根ひがしね刑部ぎょうぶ太夫だゆうの屋敷の庭には、若者たちの気合が響いていた。
素振すぶりの掛け声は高まり、あさもやの中、吐く息に混ざって空に昇っていく。
気持ちの良い朝であった。

やがて朝靄も消え、まばゆい光がさんさんと差し込むようになると、一対一の打ち合いとなる。
小さい民治丸は、自分より二回りも大きな者と組まされ、力負けして吹き飛ばされる。
これもいつものことだが、その日の相手は、稽古けいこというより、面白がって、わざと民治丸をいじめているようにも感じた。

屋敷の植え込みの陰で、三郎が心配そうに見ている。
いつもは放っておくのだが、その日は気になってしょうがなかった。
誰かが、刑部さまの目を盗んで、三郎に石を投げてからかっていたからだ。
だからつい、稽古の途中で、相手に殴りかかってしまった。
それはもう、ただの喧嘩けんかだった。

当然、刑部さまには叱られた。
あげく、言い訳しようとするとさえぎられ、己のふがいなさを散々責められる始末。
売り言葉に買い言葉とは、このこと。
民治丸は、あろうことか剣の師匠ししょうに食ってかかった。

「刑部さま。おれは、強いさむらいになりたいわけじゃねぇのです。たった一人の男を倒せれば、それでいいのです。んだがら、早ぐ、人を殺せるような剣を教えてください!」
「ほぉ。人をあやめる剣とな」
木刀ぼくとうの素振りばっかりでは、いつまでたっても仇討あだうちなんてでぎねぇべ!」
「あいわかった。それでは、この真剣を持つが良い」

東根刑部太夫は、静かに腰の刀を抜き、民治丸に渡した。
周囲が息をのむ中、刑部が叫ぶ。

「抜け! 遠慮はいらん。わたしを斬ってみるがよい!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
自らは木刀を持ち、対峙たいじする。
その顔は真剣そのもの、これが冗談ではないことは、その場にいる誰もが分かった。
ずしりと重い真剣を手に、民治丸は動けなかった。

「どうした? 人の殺し方を知りたいのであろう? 教えてやろう。その真剣でわたしを斬ればいい。それだけだ。さぁ、遠慮はいらん」

民治丸の目に、怒りと戸惑いがにじむ。
刑部さまは、自分にはハナから無理だと、あざけっているのか。
(おれは何を試されているのだ?)

「刀の抜き方を知らぬのは、父親ゆずりのようだな」

刑部の口元があざけるようにゆがんだ。
そのとき、民治丸の中で何かが弾けた。
この土地の者たちは、父をけなし、母をつまはじきにし、そのうえ自分まで馬鹿にするのか。

(やってやる!)

民治丸は刀を抜いた。
初めて手にした本物の刀は、まるで生きているようだった。
刀そのものに意志があり、自ら不気味に光っているように。

(……やってやる!)

さやを捨て、ゆっくりと上段に構える。
気合と共に斬りかかった。

「だめだ! 民治丸さま、やめろぉーっ!」

三郎の叫びも届かない。
にぶい光を放つ刃は、刑部めがけて真っすぐに振り下ろされる。
皆が息をのんだ。
だが、次の瞬間、刑部はひらりと交わす。
勢いあまってよろめく民治丸に、刑部は己の木刀を突き付け、叫んだ。

「どうした、腰抜けめ!!」
「…………やぁーっ!!」

再び斬りかかるも、民治丸の刀はかすりもしない。
刑部はその都度、民治丸の正中せいちゅうをとり、木刀を突きつけた。
すっかり息が上がった民治丸に、刑部は言った。

「わたしが真剣であれば、おまえは四度、死んでいる。いいか、よく考えるのだ。おまえは仇討ちをしたいのか。それとも、単なる人殺しになりたいのか。その答えが出るまでは、顔を見せるでない!」

震える民治丸の手から、三郎が刀を引きがした。
そして鞘を拾い収めると、急いで刑部の手に返した。

「刑部さま、おゆるしくだせぇ、おゆるしくだせぇ」

何度も頭を下げながら、三郎は言った。
周囲の門下生たちが、二人を刺すように見ている。
その視線から逃げるように、二人は東根刑部太夫の屋敷を出た。

(つづく)