居合だましい

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第7話 第一章『形見草かたみぐさ

(やはり神主さまは、刑部ぎょうぶさまの屋敷で起こったことを知っておられるのだ)

──おまえは仇討あだうちをしたいのか。それとも単なる人殺しになりたいのか。
あの日から数日が経つが、民治丸は東根刑部に謝ることすらできずにいた。
──おぬしの母は、おぬしに人殺しになって欲しいと思っているのか。
そう神主から投げられた問いの答えも、見つかりそうにない。
出口の見えない問いに囲まれ、途方にくれる民治丸であった。

民治丸は、こぼれてしまった涙をぬぐった。
こんな風に誰かに感情をぶつけたのは、久方ひさかたぶりのことであった。
母の前で涙など見せれば、きつく叱られていただろう。

(あぁ、おれは、どうして父と母の子に生まれてきたのだろう)

心の声が聞こえたように、神主が返す。

「民治丸よ。仇討ちなど、せぬともよいぞ」

民治丸は驚き、神主を見た。
その、おだやかな瞳を見ると、神主はどうやら本気で言っているようだった。

「おぬしにこんなことを言うやつは、きっとおらんだろうなぁ。んでも、おぬしの人生は、おぬしのものだ。好きに生きればいいと、わしは思うぞ」

民治丸の目が、頼りなさげに、右へ左へと動く。
なんともいえず心もとない顔で、うつむいてしまった。
三郎が耳を真っ赤にして、神主の前に進み出た。

「な、なんてごど言うんだ! なんぼ神主さまでも、なんぼ神主さまでも……」

震えて言葉が続かない三郎を見て、「おまえはほんとうにやさしいやつだなぁ」と、神主は笑んだ。
……だが。
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「では、三郎。おまえが数馬さまの仇を討てばよいではないか」

「へ?」

「民治丸はこのように苦しんでおるのだ。村の子らと同じように、ふつうに暮らしていきたいといっておる。それをダメだというのなら、ほれ、おまえが民治丸の代わりに剣の稽古をやりなさい。それで、どこにいるかも分からぬ大男の剣豪、坂上さかがみしゅぜんを探し出し、おまえがやっつけてやればよいだろう」

「んん……そんなぁ……」

三郎が心底困っている。
そんなときの三郎は、きまって眉毛が三角になった。
その顔がおかしくて、神主は声を上げて笑った。

「あぁ、わるかった、わるかった。三郎がどう生きるかも、これまた自由。さぁ、久持くじもちを食べよう」

二人の肩をポンと押して、神主は歩き出した。
石段を進むりんとした背中に、民治丸は問うた。

「神主さま! 刑部さまの言うとおりに稽古すれば、いつかは強くなれますか?!」

「さぁな。わしには分からん。それを決めるのは、おぬしだからな」

歩みを止めず、神主は答える。
戸惑う民治丸の代わりに、三郎が抗議した。

「神主さまのはなしは、いっつも、むずがしくて、さっぱりわがらね」

「かんたんなことだよ。おぬしが強くなると決めれば、強くなる。信じられなければ、今と同じ、弱いままだ」

(信じる、って……なにを)

胸が、ちくんと痛む。
神主さまの言葉が“とげ”のように刺さった。

(おれは、本当はどうしたい? 母上に言われたからではなく、父上のためでもなく、おれは、どうしたいんだ?)

鳥居が目の前に迫り、明神さまの神社が見えてきた。
石段の最後の一歩を上り切った時、風がほおでた。
振り返ると、明神の森が歌うように揺れている。
はげましてくれている──と民治丸は思った。

「神主さま!」

民治丸は叫んでいた。
その大きな声に驚き、境内けいだいにいた鳥たちが一斉に飛び立つ。
先に鳥居をくぐっていた三郎も、何事かと振り返った。

「おれ、刑部さまのところに行ってきます!」

「そうか。答えはでたのか」

「……いいえ。んでも、逃げだど思われたくねぇんです。おれは、なにからも、どごがらも、逃げだぐねぇ」

真っすぐな瞳で、民治丸は言った。
涙のあとはもう、ない。

「いいか、民治丸。刑部さまは、おぬしの覚悟を問うておるのだ」

「……覚悟……」

「なぁに、正直に生きればよい」

「……はい」

民治丸は深々とお辞儀をし、今上ったばかりの石段を駆けるように降りていく。
久持良餅を胸に抱いた三郎も、嬉しそうに後に続いた。
そんな二人の姿を、神主が目を細めて見ていた。

明神の森を抜けた民治丸たちは、一本松を右へは曲がらず、そのまままっすぐに進んだ。
そこは羽州うしゅう街道への連絡道で、先に大倉堤おおくらづつみがある。
いつもとは違う道をつかったのは、少しでも早く、この気持ちが冷めぬうちに、東根刑部に会って、思いを伝えたいからだった。
だが、民治丸はその道を選んだことを、終生しゅうせい後悔することとなる。

大倉堤が見えてきた。
この先を少し進めば羽州街道に出る。
民治丸が歩みをゆるめ、息を整えようとしたときだった。

「おい! 民治丸。おまえ、どごさ行ぐつもりだ」

木刀を担いだ集団が、こちらに向かって歩いてきた。
それは、東根刑部の屋敷で、共に稽古をしてきた面々だった。

(つづく)