居合だましい

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第9話 第一章『形見草かたみぐさ

「どうだ、怖いか。少しでも動けば、おまえの鼻は無ぐなるぞ」

民治丸は、こらえた。
両目をかぁっと見開き、唇を真一文字に結び、一歩も引かない。
息詰まる時間が流れた。
すると、年嵩としかさの少年の息が乱れ始めた。

「し、師匠に謝れ! 俺が代わりに聞いでやるって言ってんだ!」

上ずった声で、少年は叫んだ。
民治丸の口からは何の言葉もない。
ただ少年の声だけが大きくなっていった。
その姿が、なぜだかおびえているように見えて、民治丸は混乱した。

(刀を向けている方が圧倒的に優勢なはずなのに、こいつはなぜ、怖がっているのだ?)

少年は肩が大きく上下するほど、息が上がっている。

(こいつは、おれを斬れるのか?)

斬れるものなら斬ってみろ──そう言おうと決めたときだった。

「うわぁぁぁあーっ!!」

叫び声に重なるように、民治丸に強い衝撃が走った。
イノシシのように突進してきた三郎に体当たりされ、取り巻きごと後ろ倒しにされたのだ。
三郎はそのまま、真剣の前に立ちふさがった。
そして、懇願するように叫んだ。

「どうが、どうが、かんべんしてけろ!」

「どけ! おまえごとき下男げなんが、しゃしゃり出てくるところではない!」

「んだって、おらは数馬さまがら、たのまれだんだ。民治丸さまば、守らねばなんねぇんだ」

「おまえごときに、なにができる!」

「なんもでぎねぇ、んでも、こごを退ぐわげには、いがねぇんだ」

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ふたたび抑え込まれた民治丸が、三郎やめろ! と叫ぶ。
それでも、三郎は動かなかった。
年嵩の少年は、あらためて真剣を構えた。今度は、三郎めがけて。
せいいっぱい凄み、おどす。

「そごを退け! 本当に斬るぞ!」

「おらは退がねぇ!」

鋭い突きが、三郎の顔のすぐ横に入った。
周囲が息を飲む。
ぶるぶると震えながらも、三郎は動かない。

「た、た、民治丸さまを、ゆるしてけろ……」

真剣は、二度三度と突き出され、三郎の体をかすめた。
その都度、小さな悲鳴を上げるも、三郎は決して動かなかった。

「おい、こいつ、しょんべらしてるぞ!」

ったねぇ」

「アホの三郎! まぬけの三郎!」

「とっとと、うちに帰れ!」

少年たちにどれだけ馬鹿にされても、三郎は退かなかった。
むしろ胸を張り、覚悟を決めたように前を見た。

「……この野郎!」

年嵩の少年が、怒りをあらわにする。
ついに大きく振りかぶった。
ここで三郎が退かねば、もう振り下ろすしかない。

(まずい、逃げるんだ、三郎!)

絶体絶命の中、ふと、三郎が笑った。
よく見ると、三郎はもう、震えてはいなかった。
逆に、年嵩の少年の手が、ぶるぶると震えていることに、民治丸は気付いた。

「ぅぅぅぉぉおっ!」

怒りに任せて振り下ろされた真剣が、三郎の額と左目を斬った。
皆が息をのむ。

「こ、こいつ、本物の馬鹿だ……」

流れる血が三郎の着物をあけに染めていく。
ことの深刻さに気づいた少年たちが、おびえたように後ずさる。
民治丸を解き、一団は逃げるように去っていった。

「……三郎!」

「へへ、民治丸さま……なんか、あっついなぁ、あだまやげでる、みでぇだ」

「三郎! しっかりしろ! おまえまで、いねぐなったら……おれは……」

泣いているひまはなかった。
なんとしても助ける──気を失いかけている三郎を背負い、民治丸は走った。

(つづく)