居合だましい

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第10話 第一章『形見草かたみぐさ

「……まぁっ……」

血だらけの二人を見て、菅野すがのは震えるように声を上げた。
抱えていた洗濯物を放り投げ、すぐさま走り寄る。
ケガをしているのは三郎だけだと確認すると、急ぎ、板の間に布団を敷いた。

「菅野さま……もうしわげ……ねぇ……です……」

「いったい何があったのですかっ?!」

二人は何も答えない。
ほっとしたのだろう、倒れ込むように横になったとたん、三郎は気を失った。

「三郎! ……おい、目ぇ開げろ! 死なねぇでけろ……」

「しっかりしなさい、民治丸。まだ息はあります。とにかく血を止めないと」

「……三郎……」

「これは刀傷かたなきずですね。誰にやられたのですか」

民治丸は答えない。
今、目の前で起こったことをまだ受け入れられないかのように、瞳は彷徨さまよっていた。

「わかりました、話はあとです。薬草をんできなさい。早く!」

菅野の言葉が聞こえているのか、いないのか、民治丸は三郎のそばから動こうとしない。
血だらけの頭に、きつくサラシを巻きながら、菅野は続けた。

「ツワブキが必要です。今は生えていないでしょうから、乾燥したものを村の誰かから分けてもらうのです。それからガマの葉をたくさん摘んでくるのです。それも血止めにつかいます」

「……三郎……」

「しっかりしなさい、民治丸!!」

びくりとし、民治丸の瞳が、はじめて菅野を正面から見た。
母の目には怒りと悲しみが映っていた。
前にも一度、この目を見たことがある──そう、民治丸は思い出す。
二度と見たくないと思っていた目だった。

「……母上……」

「三郎を失ってもいいのですか? 今は、おまえがしっかりしなければ。さぁ、早く!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

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民治丸は、ふらふらと立ち上がり、表に出た。
まだ混乱している頭で、必死に考える。
三郎を助けるには……まずは薬草を。
村の誰かからツワブキの乾燥したものを……ゆずってもらわねば。
そんなもの……誰の家にあるのだろう。
一軒、一軒、回っている余裕はない。

(そうだ、清水すずだ! 今時分いまじぶんは、女たちが洗濯をしているはず)

民治丸は走った。
村の集会所のようになっている清水まで一気に駆けた。
息を切らして現れた民治丸を見て、女たちは目をいた。
驚き、腰を抜かしそうになっている、おばあもいた。
それほど、民治丸の姿は、おぞましかった。
むりもない、三郎の血で、耳や肩口のあたりまで真っ赤だったのだ。

「どうが、お願いでございます。どなたか、ツワブキの薬草、分げでもらえねぇですか」

「いったい、なにしたんだ、その血……」

「……三郎が……」

「あのアホ……いや、下男げなんが? なにごどあったのや?」

はっきりと答えられない民治丸に、女たちはあからさまに嫌な顔をした。
まゆを寄せ、声をひそめてささやき合っている。
面倒なことには関わりたくないという気持ちが、その顔に現れていた。

「薬草がいるんです、どうが、どうが、助けでください」

「そんたごど言われでもなぁ」

「すぐに血を止めねぇど、三郎は……」

「悪いげど、他所よそば、当だってけろ」

「薬草なんて、ねぇもんな」

「んだ、んだ」

女たちは、民治丸に背を向け、洗濯を再開した。
しばらく頭を下げ続けてみたが、誰も振り返ってはくれなかった。
民治丸はあきらめ、その場をあとにした。

こんなときにさえ、村の皆の風は冷たいのか。
これも、わが父が闇討やみうちにったせいなのか。
分からない。
民治丸には分からなかった。

悔しいが、肩を落としている暇はない。
ツワブキが手に入らないなら、ガマの葉を摘みにいかねばならない。
ガマは水辺に自生する。
ここから近いのは、三沢川みさわがわか、大倉堤おおくらづつみか。
民治丸は、三沢川を目指して走った。

四半刻しはんとき(30分)も走っただろうか。
目の前に青々としたガマの群生が現れた。
身の丈もありそうなガマの葉を、傷だらけになりながら、急ぎ摘み集めていく。
葉が片手で抱えられないほどになったときだった。
風もないのに、奥でガマの葉が、がさがさと揺れ、ふたつに割れた。
現れたのは、少女だった。

「お、おまえ」

「おれは、りん」

「……りん」

「おまえ、民治丸だべ?」

一瞬、少年と見紛みまごうような少女は、民治丸に向かってそう問うた。
その瞳は栗皮色くりかわいろで、唇は気が強そうに、きゅっと上を向いている。
高い位置で一つにまとめられた長い髪には、茜色あかねいろの美しい組紐くみひもが結ばれていた。

(つづく)