居合だましい

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第11話 第一章『形見草かたみぐさ

「こごで、なにしったんだ?」

「ガマの葉、とってだ」

「誰か、ケガしたのが?」

「……三郎が……うぢの者が、かたなられで、血ぃ止まんねぇんだ」

刀傷かたなきずが。よし、ちょっと来い!」

りんと名乗る少女は、民治丸の手を取り、突然走り出した。
長い髪を左右に揺らし、原野げんやのような草むらをかき分け、ぐんぐん進む。
すごい力だ。
民治丸は訳も分からず、引っ張られるようについていった。

「ちょ、ちょっと待ってけろ! お、おれ、早ぐ、うぢさ戻んねぇど!」

「もうすぐだ! くすり、欲しいんだべ!」

「くすり?!」

りんが手を離すと、急に視界が開けた。
甑岳こしきだけの位置を見ると、どうやら川べりを背中炙峠せなかあぶりとうげの方角へ進んできたようだった。
目の前に民家があった。
眼光鋭がんこうするど顎髭あごひげの男が、薪割まきわりの手を止め、民治丸を見た。

「おまえは……」

「父ちゃん、こいづの家の人、刀で斬られだんだど!」

「なに? 菅野すがのさまに何があったのが?!」

「どうして母上の名を……」

「……いや」

りんの父だという男は、誤魔化ごまかすように視線を外した。
この人は何者なのか。
気になるが、今は一刻いっこく猶予ゆうよもない。
民治丸は急ぎ、状況を伝えた。
自分のせいで三郎が斬られてしまったこと、傷は額から左目にかけてで、とにかく血が止まらないのだと。
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「りん、神棚かみだなから、酒瓶さかびん貝殻かいがらさ入った軟膏なんこうもってこい。早ぐ!」

「わがった!」

りんの動きは素早すばやかった。
身のこなしは、まるで森の中の栗鼠りすのようだ。
どうしてあんなふうに動けるんだろ──民治丸はつい、想いを口にしていた。

「おれがきたえでいるんだ」

りんの父は、顎髭をでながら、得意そうに答えた。

「並の男より、つえぇぞ」

たしかに、そうかもしれない。
りんは、まるでおのが体におもみが無いように、すすすと進む。
細い体に軽やかな身のこなし、そのくせ、手の力は、びっくりするほど強かった。
どんな風に鍛えたら、あのような動きができるのか。
知りたい、だが、今はそんなときではあるまい。
考えているうちに、りんがまた、すすすと戻ってきた。

「父ちゃん、これでいいのが?!」

「あぁ、これだ。……民治丸よ。この酒瓶には強い酒が入っている。貝殻の中は、血止めの軟膏だ」

「軟膏?」

「薬草より効く。いいか、まず酒を傷口にかけるんだ。ものすごく痛がるだろうが、押さえつけてでも、しっかりかけろ。そのあとに、この軟膏をって、最後にガマの葉だ。……分がったが?」

「はい」

「では、行け! 帰り道は分かるな?」

「はい」

「急ぐのだ!」

民治丸は、背中を押されるように走り出す。
りんたち父娘おやこの視線を背中に感じながら、三郎の元へ、ひたすらに駆けた。

(あの親子は、いったい何者なのだろう?)

彼らは自分のことを、いや、我ら母子を知っているようだった。
久方ぶりに触れた他人の善意に、胸が熱くなる。
両手いっぱいに抱えたものを、少しでもこぼさぬように、心を配り走った。

原野の中の獣道けものみちから仙台道せんだいどうに出たころには、お日様が真上まで上っていた。
民治丸は駆けた。
明神みょうじんの森を右手に見、一本松を過ぎる。
屋敷まであと少し。
民治丸が息せき切って屋敷に飛び込むと、菅野が不安そうな目を向けた。

「……三郎! 母上さま、三郎は?!」

板の間に寝かされた三郎の、青白い顔を見てドキリとする。
菅野は、三郎の額を必死で押さえていた。

「血が……止まらないのです」

「母上さま、これを!」

菅野は民治丸が持ってきたものを急ぎ受け取り、ひとつひとつ手に取り、匂いを嗅ぎ、中身を確かめた。
酒瓶の中には、嗅いだことが無い匂いの、透明な酒らしきものが入っていた。
軟膏も、これまで目にしたことがないものだった。

「いったい……これをどうしたのですか」

「村外れの、とある民家でもらったものです。手当の仕方も聞いてきました」

「この村に、そげなお方が……」

「母上、急ぎましょう。いまから三郎の傷にこれをかけます。体を押さえててください」

「こう、ですか?」

「はい。痛みで暴れるがもしれねって。いきますよ!」

酒瓶を傾け、酒を三郎の額にかける。
ぎゃあーっという悲鳴を上げ、三郎の体が飛び上がった。

(つづく)