居合だましい

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第15話 第二章『目を閉じて見えた光』

「民治丸、か」

「はい、刑部さま」

東根刑部は、久方ぶりに民治丸の顔を見て、驚いた。
わずかの間に十も歳をとってしまったような、いや、別の男になってしまったような気がしたのだ。

(こやつ……何があったのだ?)

民治丸は片膝をつき、頭を下げた。
痛いほどの視線の中で、ゆっくりと言葉を選び、話し出す。

「刑部さま、これまでの数々の御無礼、お許しください。申し訳ありませんでした」

「またここで稽古がしたい、と言うのか」

「はい……」

民治丸は顔を上げた。
そのまっすぐな瞳を、刑部は正面から受け止める。
瞳の中に、覚悟が見えた。

「答えは出たのだな」

「はい。もう迷いません。わたしは正々堂々、強くなりたいのです」

んん、と刑部は頷いた。
皆の前で、東根刑部はすんなりと、民治丸を許したのだ。
門下生たちが、ざわつき出す。
すぐに稽古に加わるよう、刑部が促した時だった。

「お待ちください!」

あの、年嵩の青年だった。
名を新太郎と言う。
新太郎は民治丸の前に立ちはだかり、刑部に向かって声を荒げた。

「刑部さま。恐れながら、こやつを我々の稽古場に入れることは筋が通らぬことと存じます」

「新太郎、理由を申せ」

「はい。こやつは先日、師匠である刑部さまに真剣を向けた大バカ者。そもそも武士の子ではありません。こんな弱虫のチビと一緒に稽古をするなど、屈辱でございます」

民治丸はゆっくりと腰を上げ、新太郎の前に進み出た。
両者の視線が絡む。
三日前、この男に真剣を突き付けられたときの記憶がよみがえる。
あのとき、新太郎の手は震えていた。
そのことを民治丸は知っている。

「弱虫のチビかどうか、手合わせを願いたい。刑部様、お許し頂けますか」

民治丸は、こうなることを予期していたかのように、静かに新太郎と対峙した。
木刀を正眼に構えつつ、ゆっくりと草履を脱ぐ。
それを見た新太郎も、全身から怒りを漲らせ、木刀を握り直した。

「……あい、わかった。二人の勝負、許可する。わしが立会人だ。よいな」

刑部の言葉が合図となり、二人の周囲が、すぅっと空いた。
勝負の舞台は整った。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(これで正々堂々、三郎の仇が討てる──)

民治丸と新太郎の間合いは、二間にけん弱(約3.5メートル)。
一歩斬り込んだとしても、まだ切っ先は届かない。
ここからどう、攻め込むか。

民治丸は最初から相手の左目を狙っていた。
新太郎もそれを察し、薄ら笑うように民治丸を見ている。
新太郎が馬鹿にするのも無理はなかった。
民治丸は今まで、ただの一度も新太郎相手に勝ったことはないのだ。
二回りも大きな体躯に、腕っぷしも強い。
歳も三つも上だ。
勢いに任せて斬りかかっていっても、いつも吹き飛ばされて終わってしまう。

だが、今日の民治丸は少し違った。
新太郎が切っ先を揺らして牽制しても、まるで動じない。
岩のようにどっしりと構え、切っ先だけは、常に新太郎の左目を捉えていた。
しだいに、新太郎が苛立ち始める。
民治丸の不思議な落ち着きようが、気に入らないのだ。

(息が乱れてきている。よし)

こうやって心を静めて対峙してみると、相手の呼吸がよく分かる。
上段に構え、じり、じりっと間合いを詰めてくる新太郎を、じり、じりっと焦らしていく。
なぜだか相手の苛立ちが手に取るように分かった。
たまらず、新太郎が動いた。
一足一刀の間合いに入る。

(くるぞ、いまだ!)

読み通り、新太郎は大声で脅しをかけながら、上段から木刀を振り下ろしてきた。
その一手先、一瞬早く民治丸が切り込む。
たまらず受けに転じた新太郎のこめかみを、左、右、左と立て続けに狙う。
焦って防戦一方のところへ、今度は脳天を打ちにいく。
周囲から小さな悲鳴が上がった。
同時に、木と木が激しくかち合う音が重なる。
民治丸の切っ先は、新太郎の額にはわずかに届かない。
額のすぐ上、横一文字に木刀で受けられた。
力に勝る新太郎は、民治丸の剣を受けたまま、目の前の腹を足蹴りにした。
ふっ飛ばされた民治丸は、地面に転げ落ちる。
すぐさま片膝をつき、態勢を立て直そうとしたが間に合わない。

「ぅぉおおおりゃぁぁぁああ」

まだ起き上がっていない民治丸めがけて、新太郎の木剣が振り下ろされた。
民治丸はすんでのところで立ち上がり、なんとかその剣を左に受け流す。

(ここだっ!)

かわしざま、切っ先を回して新太郎の左こめかみを狙った。

(──三郎の仇!)

心の中で叫び、振りかぶったそのとき。

「そこまでっ!!」

東根刑部の声に、民治丸はとっさに反応し、剣を止めた。
だが次の瞬間、腹に強い衝撃を受け、民治丸は地面に崩れ落ちた。

(つづく)