居合だましい

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第16話 第二章『目を閉じて見えた光』

気が付くと、地面の上だった。
腹をしこたま打たれ、倒れたのだ。

(くそ……おれが勝ったと思ったのに……)

刑部ぎょうぶの声で、民治丸の木剣は止まったが、新太郎のそれは違った。
民治丸にかわされた剣を、今度はみぎ逆袈裟ぎゃくけさで斬り上げたとき、刑部の待てがかかった。
だが、新太郎は剣を止めなかった。
結果、木剣が鈍い音を立て、民治丸の腹に食い込んだ。
うめき声をあげ、地面に突っ伏している民治丸を、新太郎はさげすむように見下ろしている。

「ふん、馬鹿め」

大きく上下している両肩が、彼の余裕のなさを物語っていた。
ぎりぎりの、勝負であったのだ。

「この勝負、民治丸の勝ちだ」

「……なっ?! 刑部さま、何をもってそのようなこと!」

「理由はふたつ。ひとつ、民治丸はわしの声に反応し剣を止めたが、新太郎、そなたは反応できなかった」

「ですがそれは──」

「ふたつ! もしも、わしが声をかけなければ、民治丸の切っ先のほうが早く、そなたのこめかみをとらえたであろう」

「そんなはずはありません!」

「いや、間違いない。民治丸の剣のほうが早かった」

周囲がざわついている。
一番動揺しているのは、新太郎だった。
刑部は民治丸の傍にいき、手を取った。

「立てるか、民治丸」

「……はい」

「明日から、みっちり鍛えてやる。覚悟しろ」

「……はい!」

民治丸は、よろよろと起き上がった。
痛む腹を抑え、両足で、しっかりと大地に立つ。
心だけは、この季節の空のように晴れやかだ。

(見たか、三郎。おれは勝ったぞ)

引きずるように進む民治丸のために、皆が道をあけた。
竹林の間から金色の陽の光が降り注ぎ、民治丸を包んでいた。
◇ ◇ ◇
「そうか……ここしばらくの間に、そのようなことがあったとは。いやはや、驚いた。聞いているだけで首筋が冷たくなったぞ、民治丸」

「申し訳ねぇです、神主さま」

二人の間で、焚火の小さな炎が揺れている。
境内の隅にて、枯枝を集めて燃やしているところだ。
あの勝負から十日が過ぎていた。
明神の森の木々もいっそう緑濃くなり、初夏を感じさせる陽気だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
三郎はまだ床に臥せったままだが、ずいぶんと食欲もでてきた。
起き上がって日向ぼっこをする時間も増えていた。
この調子なら、あとひと月もすれば床上げできるだろう、と菅野は言っている。
やはり、左目はもう、役目を果たせそうにない。
痛々しい傷跡を見るたびに、民治丸の胸もずきんと痛んだ。

「あとで三郎を見舞ってやらねばの」

「ありがどさまです、きっと喜ぶと思います」

少しの間に一回りたくましくなった民治丸を見て、神主は目を細めた。
命のやり取りを経験した男の顔になっている。
それが、嬉しくも、悲しくもある神主だった。

「それで、おまえは今、刑部さまの屋敷に通っているのか?」

「はい。連日、みっちり稽古をつけて頂いております」

「他の門下生たちは大丈夫なのか? とくに、その──」

「新太郎」

「そうだ、やつは大人しくしているのか?」

「はい、不気味なほどに。新太郎だけではねぇのです。なぜか、皆、おれのことを避けるというか……前のように意地の悪いことをしてくるやつは、いねぐなりました」

「そうか、そうか、それなら良かった」

神主さまはそう言うが、民治丸はそう喜んでもいない。
確かに、民治丸を揶揄やゆするものはいなくなった。
はらが座ったせいだろうと刑部さまも認めてくださったように、剣の腕も前よりは進歩している。
だが、あの日以来、新太郎には打込稽古で一本も取れないでいた。
新太郎も二度と民治丸には負けまいと肚を決めたのだろう。
いつにも増して気迫みなぎる剣を使うのだ。

一日のほとんどを、剣の道のためにつかい、考え、心身を鍛える日々を送るうちに、民治丸は皮肉にも己の限界が見えるようになった。
いくら鍛えても、鍛えても、悔しいが力では敵わない。
小さな体躯たいくをどうにかしたくても、劇的に体が大きくなるはずもない。
自分より二回りも大きな男に、力負けせず戦うための秘策がどうしても欲しかった。
なぜなら、それはまさに“父上の仇・坂上さかがみしゅぜん”の姿に重なるからだ。

「民治丸よ、なにを考えておる」

「神主さま、おれはもっと、もっと、強くなりてぇんです。そのためには、これ以上、何をどうしたらいいのか……分がんねくて」

「いっそ、神に問うてみたらどうだ」

「え……」

口笛を吹くようにさらりと、神主は言った。
神に問う……民治丸は口の中で小さく繰り返す。

(つづく)