居合だましい

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第17話 第二章『目を閉じて見えた光』

「神主さま、それはどういう……」

「分からぬなら聞けばよいのだ。神さま、どぉーが教えてください、この小さなわたしでも、誰にも負けない必殺の剣があるのでしょうか、とな」

「必殺の、剣」

「お教えくださるまで、ひたすらに、ひたすらに、祈り続ける」

「それは……御社おやしろこもる、ということですか」

「まぁ、ほぉゆうごどだべな」

焚火から目を離さず、神主は言った。
その声は、大地の奥から響いてくるかのように太く、穏やかだ。
瞳の中で橙色だいだいいろの炎が揺れている。
怖い、と民治丸は思った。
優しい神主さまのはずなのに。

「百日の間、一切の声を絶ち、ひたすらに己と向き合うこと」

「百日……」

「さすれば、神の声が届くやもしれんし、届かぬやもしれん」

言い終えて神主は、民治丸の顔を見た。
その顔は、いつもの神主さまに戻っている。

「そんな……どっちですか」

「さぁな。わしとて分からん。こればかりは信じるしかないのだ」

民治丸の心に“とげ”のように刺さっていた、いつぞやの言葉が甦る。
──おぬしが強くなると決めれば、強くなる。信じられなければ、今と同じ弱いままだ──
刑部さまの言うとおりに稽古すれば、いつかは強くなれるかと問うたとき、神主さまは言ったのだ。「わしには分からん。それを決めるのは、おぬしだからな」と。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

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あのときは、きちんと答えが出せぬままにいた。
ただ、逃げたくない一心で、刑部さまの屋敷へ向かった。
そこで三郎があんな目に遭ったのだ。

(強くなるかどうかは、己が決める)

民治丸は顔を上げた。
いつの間にか、西の空があかねに染まっている。
鳥の一群が、仲良く並んで駆けていく。
帰ろう、と民治丸は思った。
今度こそ、決めるときだった。


明神の森の石畳を駆けるように降り、仙台道を右へ折れ、一本松を過ぎたとき。
通りまでこぼれてきている温かい夕餉ゆうげの匂いに、民治丸は足を止めた。
鼻腔いっぱいに吸い込めば、わんの中身まで想像できてしまう。
口の中に母の味が広がった。
目を閉じて、耳を澄ましてみる。
いつもなら、三郎が薪を割る音や、調子っぱずれな鼻歌が聞こえてくるだろう。
「ちゃんと真面目に稽古してきたが?!」なんて、えらそうに説教する声も飛んでくるかもしれない。
負けずに言い返していると、今度は母の声が飛んでくるのだ。
長いこと、そうやって生きてきた。
だから、生きられた。

(一切の声を絶つとは、これも無くなるということ──)

民治丸は目を開けた。
継ぎはぎだらけの屋敷に、小さな明かりが見える。
大きく一つ息を吐き、その中へと入っていった。

「ただいま戻りました!」

勢いよく引き戸を開けると、土間の鍋から立ち昇っている湯気が、ゆわんと揺れた。

「遅いべ! 民治丸さま、どごで油売ってだのや?」

さっそく、三郎の説教が飛んできて、民治丸は可笑おかしくなる。
怪我人のくせに、めっぽう腹が減るらしく、さっきから鍋の良い匂いを嗅ぎすぎて、苛々いらいらしているようだ。

「さぁさぁ、二人とも。いただきましょう」

ししなべではないですか! 母上さま、この猪肉はどうされたのですか?」

「いつの間にやら、戸の前に置いてあったのです」

「置いてあったって……村の誰かがくれたのでしょうか?」

「さぁ。皆目かいもく見当もつきません」

「そんな……食べてしまってもいいのでしょうか?」

「あー、もう! いいがら、早ぇぐ、食べるべ!」

「はいはい、三郎、ごめんなさいね」

最初に椀を渡されて、三郎はひたすらに恐縮している。
だがすぐに顔を近づけ、くんくんとやるのが三郎らしい。
いただきますもそこそこに、汁をすすった瞬間、「あちっ!」となり、口をパクパクするものだから、菅野もたまらず吹き出した。

「少し落ち着きなさい」

「……へぇ」

「ふぅふぅしてやっか、三郎」

「う、う、うるさいです、うるさい」

言い返すのももどかしいようで、夢中で箸をつけている。
片目での生活は、まだ危なっかしかった。
距離感がつかみにくいのか、単に慌てているだけなのか、箸で挟み切れなかったを膝の上に落としてしまい、また「あちっ!」とやっている。
見ているだけで楽しくなる男だ。

(三郎……早く、早く、元気になってほしい)

民治丸は心の中で祈る。

(つづく)