居合だましい

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第18話 第二章『目を閉じて見える光』

ところで、戸の前に食べ物が置いてあったのはこれで三度目だと菅野は言った。
他にも、ヤマゴボウや自然薯じねんじょなど、山の奥に入らなければなかなか見つけられない貴重なものが、いつの間にやら置いてあったというのだ。

「三郎を怪我させた者の誰かが、びのしるしにと持ってきたのでしょう」と菅野は言うが、民治丸にはそうは思えなかった。
だが、口に出すことはしなかった。

(とにかく、どこかの誰かが、見守ってくれているんだ)

ありがとうございます……一口、一口、感謝を込めて噛みしめる。
その滋養に満ちた味わいは、本当に命の味がした。

その夜更け。
奥で寝ている三郎の寝息が、呑気に板の間まで響いている。
火の始末をしている菅野の後姿を民治丸は見ていた。
母は昔から、くるくるとよく働く。
最近また少し肩が細くなっている気がした。

「母上さま。お話があります」

菅野の背中が、びくんと震える。
三郎を起こさぬよう、そっと声を出したつもりだったのに。

「話とは……なんでしょう」

菅野は、ゆっくりと振り返った。
身を固くして次の言葉を待っている。

「林崎の明神さまにこもりたいと存じます」

「……明神さまに」

「はい。百日間、ひとり御社おやしろに入り、神に問いたいことがあるのです」

風の無い夜。
なにが揺らしたのか、灯明皿の明かりが、ざざざっと揺れ、消えかける。
菅野は、つとめてゆっくりと、時間をかけて民治丸の前へ座した。
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「……百日参籠ひゃくにちさんろうをする、ということですか」

「はい」

「して、神に問いたいこととは」

「前人未到の剣──その極意をお授け頂こうと思います」

低く、だがきっぱりと、民治丸の声が響く。
菅野は奥で寝ている三郎に目をやった。
規則正しい寝息が聞こえてくる。

「……食事はどうするのですか。人は食べねば生きられません」

「神主さまが、毎朝一度、戸の外にかゆを置いてくださるそうです」

「東根刑部さまのお稽古けいこ如何いかがするのですか」

「そのままにお伝えし、いとまを頂きます」

「せっかく目をかけてもらえるようになったのに、ですか」

「これまで刑部さまにつけて頂いた稽古は、一人でもちゃんと続けます。裏山だってどこでだって、木刀は振れるのです」

「では、もしも。……もしも、明神さまが極意を授けて下さらなかったときは如何する」

「それは……」

民治丸は初めて答えに詰まり、目を伏せた。
たしかに、どんなに祈っても、答えは見つからぬかもしれぬ。
その前に、何日も、何日も、ひとりぼっちで過ごす寂しさに耐えきれず逃げ出してしまうかもしれない。
日に粥一杯では、腹だって減るだろう。
寒さや暑さに苦しむことだってきっとある。
病になったら? 獣に襲われたら? 
他にも、想像もつかない苦しみが出てくるのかもしれない。

だからといって、昨日と同じ今日を続けていていいのか。
答えはいなだ。
やるときは、やる。
大好きだった父上のために、苦労をかけている母上のために、命を賭けてくれる三郎のために。
そして何より、自分のために。

民治丸は顔を上げ、菅野を見た。
真っすぐな瞳は少しも揺れない。

「──それでも信じてやるだけです、母上さま」

「命がけになることは覚悟の上、なのですね」

「はい」

菅野は黙っていた。
民治丸も静かに、母の言葉を待つ。

(つづく)