居合だましい

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第19話 第二章『目を閉じて見える光』

どこを見ているのだろう、菅野の目玉はこっちを向いているのに、民治丸は視線が合っている気がしなかった。
いや、何も見ていないのだろうか。
どのぐらいそうしていただろう、菅野は立ち上がり、奥の間へと入っていった。
少しして戻ってくると、戸惑う民治丸の前に、細長い布袋を置いたのだ。

「開けてみなさい」

「はい」

蓬色よもぎいろの包みを解くと、中から短刀が出てきた。
長さ一尺二寸(約36センチ)、漆塗りのこしらえも品が良い。

「これは……」

「浅野家の守り刀です。きっとそなたを守ってくれるでしょう」

「母上さま……」

幼き頃、この艶やかな光を見たことがあった。
民治丸は記憶に従い、己の腰に──矢立の横に、差してみる。
少しだけ強くなった気がした。

「よく似おうております」

ととさま──いえ、父上ちちうえさまのことが思い出されます」

「本来なら、そなたももうすぐ元服する歳なのですね。数馬さまが生きていたらと思うと……」

菅野はこみあげるものを堪え、言葉を呑んだ。
武士の妻たるもの、ここで涙を見せるわけにはいかない。
下腹にぐっと力を入れ、あごをぐいと上げた。

「しっかりおやりなさい、民治丸」

「はい。必ずや」

奥の間で、三郎がうーんと唸り、寝返りを打った。
なにやら寝言を言っている。
それが「久持良餅くじらもち」と聞こえたものだから、二人は顔を見合わせ、笑んだ。
三郎の寝息は、この家の救いだ。
滑稽で、温かく、どこまでもやさしく響く。
夜は更けていく。
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「母上さま。明日の朝早くに出ます。どうか、三郎には言わないでください」

「明日……なにもそんなに急がなくとも」

「やると決めたら一刻も早く動かねば」

「ですが、さすがに支度が整いません」

「支度など要らねのです。木刀とこの身ひとつで参りますゆえ。……あ、この守り刀も共に」

「分かりました。それなら、少しでも早く休みましょう」

「ありがとうございます。今宵は、三郎の横に夜具を敷いて眠ってもいいですか」

「まぁ。寝言で起こされなければ良いですが」

ふふふと笑むと、灯明皿の上の小さな明かりが、ゆらりと揺れた。
菅野は手早く夜具を整え、明かりを消した。
その瞳が黒く濡れていたのを、民治丸は知っている。

翌早朝。
数馬の位牌に手を合わせ、民治丸はそっと家を出た。
菅野は静かに頭を下げ、何も言わずに見送った。

そのときだった。
奥で寝ていたはずの三郎が、「民治丸さま?」と声を出したのだ。
吹き込んだ外気を感じたのか。
なにかを察したのか。
三郎は、民治丸の名を呼びながら、重い体を引きずるように起きてきた。
戸口に立ち、遠くを見ている菅野に気づき、慌てて外へ出ようとする。
菅野に制されても、かまわず外へ飛び出した。

そこは久方ぶりの外界だった。
曇天の空が、病身の身に、ずんとのしかかる。
目を凝らすと、通りの先に、大好きな背中があった。

「民治丸さまぁ」

ひょろひょろとしたその声に、民治丸は足を止めた。
だが、振り返らない。

「どごさ行ぐんだ、民治丸さまぁ!」

民治丸は再び歩み出す。
後を追おうとする三郎の体を、菅野が必死で抱えた。
𠮟っても、𠮟っても、三郎は後を追おうとした。

「民治丸さま、待ってけろ、民治丸さま~!」

三郎の声は、ちゃんと届いていた。
だが、民治丸は振り返らずに進む。

(つづく)