居合だましい

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第20話 第二章『目を閉じて見える光』

朝映えのこしきたけが輝いている。
息を呑むほどに美しい黄金の稜線を左手前方に見つめ、民治丸は東根刑部の屋敷へと急ぐ。

(他の門下生がやってくる前に、屋敷の門をくぐらねば)

羽州街道を右に折れ、湯沢村を過ぎれば、もうすぐ楯岡の城下町。
竹林に抱かれるように建つ刑部の屋敷が見えてきた。
朝靄を割くように、一気に門をくぐる。

刑部は、ただならぬ気配の民治丸を見て何かを感じたのだろう。
めずらしく、縁側に自ら腰かけ、民治丸にも隣に座るように促した。
百日ひゃくにち参籠さんろうに挑戦するための暇乞いとまごいを申し出たとき、刑部は一瞬驚いた顔を見せ、すぐに大きく頷いてみせた。

「ひとつ教えてくれ。昨今のそなたは、まるで人が変わってしまったように、わたしには見える。いったい何があったのだ?」

「……なにも……ございません」

「新太郎たちの様子も気になる。あやつと、なんぞあったのではないか」

民治丸はうつむき、ぐっと奥歯を噛んでいる。
答えられぬのが答えだと、刑部は悟る。

「……あい分かった。いつか、話せるときがきたら、聞こう」

「……はい」

「わたしに何かできることはあるか」

「いえ……もったいねぇごどでございます」

「剣の神がそなたと共にあるように。わたしも祈ろう」

「刑部さま……ありがどさまでございます」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

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刑部の言葉は、民治丸の胸にすぅっと染みた。
弟子について何年経つだろう。
いつも、いつも、厳しい言葉ばかり投げられて、恨んだこともある。
なぜ自分にばかり……冷たく突き放されて、ひがんだこともある。

(今思えば、それも刑部さまの愛情だったのやもしれぬ)

曇った目で見ていては、そのようなこと、思いも至らなかった。
城下には、数馬の死を良く思わない者たちばかりだというのに、自分のような“つまはじき者”を受け入れてくれたそのことだけでも、感謝せねばならなかったのに。
民治丸は勢いよく立ち上がり、刑部のほうに向き直った。

「行くのか」

「はい。やると決めたら、すぐにでも始めねぇど」

「あいわかった。次に会うとき、どんなつらがまえになっているか楽しみにしておるぞ」

「はいっ」

民治丸は、その一礼に、心からの感謝を込める。
再び門をくぐったちょうどそのとき、新太郎率いる一団がやってきた。
稽古前に門を出ていく民治丸を、皆が不思議そうに見ている。
すれ違い様、新太郎と視線が交差した。

(負げねぇがらな)

(おれだって)

互いに声に出さずとも、たしかに交わされた言葉があった。
男と、男の、やりとりか。
背に刺さるような視線を感じたが、振り返らずに民治丸は進んだ。


少し風が出てきたようだ。
南風に背を押され、羽州街道を大倉堤まで一気に駆ける。
くだんの堤の前で、民治丸は歩みを止めた。
ここは三郎が斬られた場所──。
あれから季節は流れ、堤の周りには背の高い草がうっそうと生い茂っている。
道の真ん中に立ち、民治丸は目を閉じた。
生ぬるい風に、気のせいか、血の匂いがする。

ここで、人生で初めて、真剣を突き付けられた。
三郎が身を挺して盾となってくれなければどうなっていただろう。
真剣を握る新太郎の手が震えていた。
人を斬るほうも恐いのだと知った。
三郎も、ぶるぶる震えていた。
だが、ある瞬間、震えがぴたりと止まったのだ。

おれたちはあのとき、何に怯えていたのだろう。
三郎の震えは、なぜに消えたのだろう。

(覚悟……そう、覚悟だ)

民治丸は目を開けた。
腹のあたりが、ほんのりと温かかい。
そうだ、母から持たされた握り飯があったのだ。
民治丸は、その場に立ったまま、包みを解き、むしゃむしゃと握り飯を齧った。
これが最後の母の飯になるやもしれぬ。
豪快に、だが一粒残らず大事に味わう。
なにか別のものまでも、一緒に嚙み砕いて、飲み込んでいるかのようだった。
最後の一口を飲み込むと、民治丸は生家のほうに向かって手を合わせる。
そして再び駆けだした。
目指すは、林崎の明神さまである。

(つづく)