居合だましい

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第21話 第二章『目を閉じて見える光』


「おぅ、今日は早いな、民治丸」

「神主さま、おはよさんでございます」

明神の森、朝露に濡れる石段を駆けあがると、神主が立っていた。
鳥居の前で一礼し、くぐる。
掃き清められた境内は、竹ぼうきの線が気持ちよく流れている。

「神主さま」

「ん」

「本日より奥の御社に入らせて頂きたいと存じます」

「そうが。決めだのが」

「はい」

そう言って深く腰を折る民治丸の姿に、神主は目を細めた。
民治丸の腰に収まった短刀に目がいく。
控えめながら艶やかに黒光りするこしらえ、丸に片喰かたばみの家紋。
すぐに、数馬のそれと気が付いた。

「その腰のもの……数馬さまのものか」

「はい。昨夜ゆんべ、母上さまが」

「菅野さまはなんと?」

「しっかりおやりなさいと、この守り刀を頂きました」

「そうが。……お覚悟召されたのだな」

神主の顔が険しくなる。
きりりと引き締まった頬からは、先ほどまでの親しみは消えていた。

「民治丸。御社に入る前に、裏山の川で身を清めてきなさい」

「承知いだしました」
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「ここより先は、わしから声をかけることはない。百日後、御社の扉があくまで、わしも祈っておるぞ」

「はい、神主さま。一心につとめてみせまする」

民治丸は深く腰を折る。
その頭上、とんびがくるりと螺旋らせんをかき、短く鳴いた。
ふたたび顔を上げたとき、瞳の奥には小さな炎が宿っていた。

「いざ!」

民治丸はすべてを振り切るように裏山に駆けていく。
こうして百日の修羅しゅらの道が始まった。
弘治二年、薫風くんぷうの候のことである。




その夜のこと。
激しい雨風に、継ぎはぎだらけの屋敷が、ギシギシと揺れている。
まるで誰かが泣いているようだと菅野は思った。
心細い住みかに、風は容赦なく吹き付けた。
いまにも戸板が一枚ずつはがされていきそうで、朝になったら丸裸になっている姿を想像し、震えてしまう。

「眠れないのですか、三郎」

「へぇ。おっかねくて……。屋根、飛んでいってしまうがもすんね」

「大丈夫です、心配いりません」

自分に言い聞かせるように菅野は言った。
つねの三郎は、こんなときこそしっかりせねばと張り切るのだが、今は違う。
体の弱りと気の弱りは相乗するものらしい。

「民治丸さまは、大丈夫だべがなぁ。ひとりで泣いでねぇがなぁ」

「泣くわけがありません!」

「……へぇ」

今朝、あれほど澄んでいた空は、夕方から急に陰り、夜半には豪雨になった。
民治丸のいない初めての夜。
菅野は三郎と肩を寄せ合い、耐えた。

(なにもこんな日に……こんな始まりの日に空が荒れなくとも)

明神さまの御社は、ちゃんと屋根もある。
だが、すきま風が吹きこむだろうし、雨漏りだってするかもしれない。
この継ぎはぎだらけの屋敷より心細い造りであるようにも感じる。
初めての夜。
真っ暗な、一人ぼっちの夜。
ただでさえ心細いだろうに、神さまは酷なことをなさるものだと、菅野は恨めしかった。

(こんな夜があと幾日続くのか……)

菅野は祈る。
今はそれしか出来ない身であることを、誰より分かっている菅野である。

(つづく)