居合だましい

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第22話 第二章『目を閉じて見える光』


(おれは今、目を開けているのか、それとも──)

本当の暗闇の中にいると、目を開けているのか、閉じているのかも分からなくなる。
激しい雨風で、御社おやしろ全体がギシギシと鳴る。
ときに何者かの悲鳴のようにも聞こえ、民治丸は怖かった。

(はやく、はやく、朝が来てほしい)

眠るのはとうにあきらめている。
だが、何をしようにも暗すぎた。
それに、空腹。これがひときわやっかいだった。
朝、母の握り飯をかじってから、何も口にしていない。
はじめから分かっていたとはいえ、食べ盛りの民治丸には、相当にきついことである。
心をしずめようと座禅を組み瞑想してみる。
だが、雷がすぐそこに落ちた気がして、びくりと目を開けてしまうのだ。
目を開けているはずなのに、何も映らない。
そのことでまた怖くなり、そんな自分が情けなく、再び目を閉じる。

孤独と、恐怖。苛立ち、そして空腹感。
民治丸は、己の中から湧き出てくる色んな感情と闘っていた。

日中、川で水を浴び、陽の光を体いっぱいに浴びているときはまだ良かった。
腹の底からこみ上げる熱いものがあり、両の目に力がみなぎっていた。
これから始まる未知の困難にも、立ち向かっていける気がした。
だが、夕刻になり日が陰ってくると、急に心細くなる。
明神さまの拝殿に入り、扉を閉めた瞬間、あきらかに何かが変わった。
空気が重い。
いや、空気が足りないような気がして、急に胸が苦しくなった。

(この扉が外から開けられることはないのだ)

そこは、古い木の匂いが立ち込めていた。
この狭い空間に、たくさんの祈りを溶け込ませてきたのであろう。
柱や壁のひとつひとつに、誰かの思いが塗りこめられているような重さだった。
今日から百日、民治丸がこもろうというこの場所は、拝殿という。
林崎明神さまのご神体である鏡は、この奥の本殿に祀られている。
本殿の東側には社務所があり、神主が寝泊まりしている。
だが、民治丸が百日参籠に入っている間は、決して声を掛けないという。
声を掛けないどころか姿も合わせず、民治丸のための食事も、朝、拝殿の扉の外に置いておくだけという約束だった。
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今時分いまじぶんは、母上さまと三郎は、夕餉ゆうげの時刻だろうか。……いや、とうに休んでいる頃か。分からぬ。時の感覚がおかしい。それにしてもこの豪雨……屋敷は大丈夫だろうか。母上さまはきっと心細い思いをしているに違いない。……あぁ、せめてあと一日待ってからここに来ればよかった……いや、そもそも、百日参籠などやる必要があったのか? こんなことをして何になろうというのだ? いますぐこの扉を開けて、母上さまと三郎の待つ家へ帰ろう。……叱られるだろうか? いや、この空模様なのだ。母上さまが心配だったと言えば許してくれよう。そうだ、いますぐここを出るのだ!)

そう思い、立ち上がる。
戸に手をかけたとき、閃光せんこうが走った。

(うわっ)

間をおかず、爆音がとどろく。
すぐ傍に落雷したのだろう。
まるで民治丸自身に落ちてきたかのような衝撃だった。

(あぁ……おれだ、天はおれに怒っているのだ)

床に崩れ落ち、そのままうずくまる。
たった一日、たった一晩、それすらも耐えられず、逃げ出そうとした自分を、天はいさめたのだ。
情けなさと悔しさで、涙が頬を伝った。

どのぐらいそうしていただろう。
膝を抱えているうちに、落雷が遠のいていった。
朝はまだ遠い。
出せるだけの感情を出し切った民治丸は、すとんと眠りに落ちた。




雨戸の隙間から差し込む光で、菅野は目を覚ました。
といっても、昨夜はほとんど眠っていない。
次の間を覗くと、三郎はまだ呆けたように眠っていた。
起こさないように気をつけ、そっと体を起こす。
明け方近くまで眠れなかったのは、三郎も同じであるはずだった。

昨夜の豪雨は夜半過ぎに弱まり、明け方には止んだ。
そして今、ウソのような快晴の朝を迎えている。
鳥のさえずりが騒がしい。
ぼぉっとする頭を押さえながら、菅野は家中を見回した。

(屋敷は大丈夫だったかしら)

壊れた箇所があれば、次に雨が降る前に直さねばならない。
女手でどこまでできるか不安だが、菅野は屋敷をぐるりと見て回ろうと、草履に手をかけた。

そのときだった。
戸の外で、何やらコトリと音がする。
草履を引っかけ、急ぎ、戸を開けた菅野の前に、男が立っていた。
菅野は驚きのあまり息を呑んだ。

「いや、すまん、見つかってしまったか」

「……あなたさまは……」

「まいったな」

男は顎髭を擦り、視線を外した。
足元には、岩魚いわなが置いてある。

(つづく)