居合だましい

MENU

第24話 第二章『目を閉じて見える光』

菅野はなおも食い下がる。
寿太郎は、数馬の思い出話ができる数少ない相手なのだ。
聞きたいこと、話したいことは、山ほどあった。

「今はどちらにお住まいなのですか?」

「三沢川のほとりに小さな小屋を構え、娘と二人で住んでいます」

「娘さんと二人で……では、奥方様は」

「りんを産んですぐに」

「そうでしたか……」

菅野は深く息を吐いた。
この人もまた、大切な人を失っているのか。

「日々の生計たつきはどのように」

「なんだか質問責めだな」

「すみません、気がいてしまって。数馬の話ができる方にお会いするなんて、嬉しくて、つい」

寿太郎は微笑み、頷いた。
そして今の暮らしについて、ぽつり、ぽつりと話し出した。
山からの恵みと、わずかな田畑を耕し、暮らしていること。
たまに川案内もやること。
三沢川から最上川に至る流れには、急流の難所がいくつもあり、船で通る商人たちは難儀している。
そこで、この辺りの川の流れと川底の地形を熟知している者たちで、川案内をすることがあるのだと寿太郎は言った。

「不自由なく暮らしていらっしゃるのですね」

「貧乏暮らしには変わりないがな」

そういって顎髭をさする寿太郎は、幸せそうに見える。
でもふとした瞬間、瞳に宿る暗い影が、菅野は気になった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「そういえば……楯岡の殿様に数馬がお目通り叶ったとき、寿太郎さまもご一緒だったと聞きました。なのに、あなたさまは殿の誘いを断り、城には上がらなかったと。どうしてでございますか」

「そんな昔の話、いいではないか」

「数馬は、結局自分ひとりが城に上がったことをずっと悔やんでおりました」

「それはおかしい。おれはちゃんと自分の想いを伝えたはずだ。あいつも分かってくれた」

「はたして、そうでしょうか」

菅野の言葉に、寿太郎は天を仰ぐ。
浅葱色あさぎいろの空に、真っ白い夏雲が流れてゆく。
今日は暑くなりそうだった。

「そろそろ戻らねば。朝早くからすまなかった」

「……いいえ」

まだまだ、話したいことはたくさんあった。
でももう、引き止めるわけにはゆくまい。
寿太郎の声にはそんな響きがあった。

「民治丸に、たまには顔を見せるよう伝えてください。りんも待っていると」

「ありがとうございます。でも……」

「……なんだ? 何かあるのか?」

「しばらくは……無理かと存じます。あの子は今、林崎の明神さまのところにおりますゆえ」

「明神さまに?」

「はい。再び顔を合わせられるのは、きっと、百日の後……」

「百日参籠ということか?!」

寿太郎は驚きを隠さなかった。
まだ元服もしていない少年が、たった一人で神社に籠ろうというその覚悟に、胸が痛くなる。
寿太郎は、額に滲む汗を拭うと、腹を決めたように菅野を見た。

「民治丸の本願とは、やはり、仇討ちのことだろうか」

「はい。宿敵を討ち果たすための剣を……前人未到の剣を、神にお授け頂こうとしております」

「なんと……」

「宿敵坂上主膳さかがみしゅぜんは、民治丸より二回りも三回りも大きな男と聞いております。体の小さな民治丸がその相手に打ち勝つためには、今のままの稽古では足りないことを、民治丸は誰より分かっているのです」

「坂上主膳──」

寿太郎は、胸に刻み付けるように繰り返す。
目礼を交わすと、仙台道を北へ向かって歩き出した。
その大きな背中に、菅野は心からの礼をする。
亡き友のため、その一人息子のため……寿太郎の背中が祈っているように見えた。

(つづく)