居合だましい

MENU

第30話 第三章『神が与えし剣』



「それでは、なにか? 半日も休まずに出かけてしまったというのか?」

「はい。朝餉あさげをとったらすぐに」

「せわしないやつだのぉ。母上殿とは三月みつき以上もご無沙汰だったというのに」

「えぇ、まったくです」

神社の敷地の隅で、焚火の炎を眺めながら、菅野はあきれたように微笑んだ。
神主もまた、愉快そうに眼を細めている。

「薄情なものです。あれだけ心配し、気を揉んで待っていたのに。ゆっくり話をするいとまも持たせてはくれませんでした」

「それは、それは」

「三郎など怒ってしまって。どんなときでも一緒だったのが、此度こたびは付いてくるなと言われたものですから」

「体を気遣ってのこともあろう」

「えぇ。でも、三郎は寂しいのです。正直に寂しいとは言えませんから、代わりに悪態をついてます。おかしなものです」

「あやつと民治丸はもう、主従を超えた間柄だ。本当の兄弟……いや、兄弟とは、ちと違うか。なんだべな、親子でもないし」

「……家族……」

「んだなぁ。んだがもしんねぇなぁ」

どちらともなく、空を見た。
そこには穏やかな太陽があり、錦秋きんしゅうの森を美しく照らしている。
こんな風にふんわりと心身ともに穏やかな日は、久方ぶりのことであった。

「それで民治丸は、何ゆえその三沢川沿いの屋敷へ?」

「寿太郎さまという方が住んでいるのです」

「寿太郎……はて、どこぞで聞いた覚えがあるような、ないような」

「主人の……数馬の心友だった方です。近衛の士として朝廷に仕えていたときからの」

「では、出身は西国のほうか?」

「たぶん」

「そのような御方がこの近くにいらしたとは。存じ上げなんだ」

「わたくしも、です」

菅野は、寿太郎との出会いから、今日に至るまでのいきさつを、順を追って話していった。
三郎が受けた傷がもとで引き合わせられたご縁だということ、寿太郎が自分たち家族に施してくれた数々の恩義……どれだけ感謝してもしきれないと、菅野は言った。

「寿太郎さまには、おりんちゃんという一人娘がいるんです」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おりん……さん」

「はい。たしか、民治丸より二つ上……でしたか。その娘さんが、いったいどのように鍛えられたのか……華奢きゃしゃな身体なのにとても機敏だそうで」

「ほぉう。その寿太郎どのに鍛えられたかな」

「たぶん、そうなのでしょう。力もたいそう強いらしく、どんな鍛錬をすればあのように動けるのか、民治丸はいつも不思議に思っていたのだとか」

「して、そのことが、民治丸が授かった神の剣術に必要……ということか?」

「まぁ、そうなのでしょうが」

浮かぬ顔の菅野を見、神主はいぶかる。
なんだか、これまで見たことのない“母の顔”になっている。
菅野は、少しすねたように、ぽつりと言った。

「民治丸は、ただ、おりんちゃんに会いたいだけなのかも」

そう話す顔が少女のようで、神主は吹き出した。
慌てて居住まいを正す菅野に、神主が、もの柔らかに語りかける。

「なんにせよ、為すべきことが見えたというのは、民治丸にとって幸運であろう」

「そうですね」

「あとは、やるだけだ。どんなに辛くとも、な」

焚火の炎がゆらゆらと揺れている。
見つめる菅野の瞳も、あけに染まっていた。
神主は傍らにうずたかく積まれた小枝をひとつ手に取り、菅野に渡した。

「さぁ、菅野どのも、ひとつどうだ。焚火は奥が深いぞ」

「はい。いつのまにか、焚火が心地よい季節になりました」

「菅野どの。この小枝が何か、分かるかな?」

「さて……冬前の落ち枝、ではないのでしょうか」

「100日の間、民治丸が拾い集めた、暦替わりの小枝だよ」

菅野は驚き、神主を見た。
さきほどから神主は、一本、一本、祈るように、火にくべている。
まるで、お焚き上げのように、民治丸の苦悩の日々を、一日、一日、天に返してくれていたのだ。
この百日の間、神主さまも一緒に闘ってくれていたことを感じ、菅野は改めて心の中で頭を下げた。

「拝殿の隅でこれを見つけたときにな、民治丸はどんな思いで小枝を積み上げていったのかと思ったら、胸が締め付けられてなぁ」

「神主さま……」

「楽しみだのぅ。剣の神さまは、やつに何を授けたのかのぅ」

「……はい」

「我々は、あやつを信じ、芋でも焼いて待つとしよう」

「はい」

三郎も喜びます──菅野はそう続けて、小枝をひとつ、炎に投げ込んだ。
ぱちぱちっとぜ、白い煙が上がった。



川辺で拾った太くて長い流木を担ぎ、民治丸は先を急いだ。
これぐらい一人で運べると主張したのだが、りんは一緒に担ぐと言ってきかない。
ふらふらする民治丸の体を心配してのことだった。

これから、この流木を小刀で削り、一際長い刀の形に整えていく。
そんなものをどうするのかという、りんの問いに、民治丸は答えなかった。
すべては寿太郎の前で話す、とだけ告げ、三沢川のほとりを進む。

(とにかく、急がねば)

百日参籠を無事に終えたとはいえ、民治丸の目の前には、課題が山ほど積まれていた。
雪が降り出す前に、やらねばならぬことがある。
逸る気持ちを抑え、一歩ずつ、足を前へ進める。
重たい流木が、やせ細った民治丸の肩に容赦なく食い込んだ。

(つづく)