居合だましい

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第31話 第三章『神が与えし剣』

「刀の代わりにするんなら、こんなでっかい流木じゃなくてもいいのに」

「なるべく長くて太い木刀をつくりたいんだ」

「……稽古のためなのは分かるけど……それにしたって」

りんは、不服そうに口をとがらせた。
一緒に川に行ってくれと誘われたときは素直に嬉しかったのに。
参籠さんろうを終えたふらふらの体でも訪ねて来てくれたことが、こんなにも嬉しいと感じるなんて……りんは、自分でも意外だった。
だが、こうやって一緒に歩いていても、民治丸の考えていることがよく分からない。
もともと口数は多くないところに、しばらく会わないうちに、さらに減った気がする。
りんは、もどかしい気持ちを隠さなかった。
そして、そんなりんのことを微塵みじんも気にする様子がない民治丸に、腹が立った。
よわい15の民治丸に、女ごころなど分かるはずもないのに。

二人は、三沢川沿いを東へ、東へと進む。
川沿いの樹々はすっかり色を変え、美しく燃え立っている。
この赤や黄色の葉っぱがすべて落ちるのと、雪で真っ白になるのが、どちらが早いか。
毎年、競争のようにして、季節は移るのだ。

ほどなく、りんの屋敷が見えてきた。
遠くから眺めると、りんの住まいは、屋敷というより作業小屋のように見える。
寿太郎と二人、質素な暮らしぶりが伺えた。
ただ、どうやって使い分けているのか、同じような小屋が二つ並んでいるのが民治丸は気になった。

小屋の横から煙が上がっている。
炭焼き作業をしていた寿太郎が、二人を見止めて立ち上がった。

「おぅ。流木、良いの見つかったか?」

「はい、たぶん」

「すこし待ってろ。きりの良い所までやっちまうからな」

そう言うと、寿太郎は目配せをした。
りんは頷き、民治丸を、向かって右の方の住まいに通した。
案内され中に入ると、そこは思ったより奥行きがあった。
土間の奥に、仕切られた小さな部屋がいくつかあるように感じた。
だが、そう感じただけで、実際のところは分からない。
まるで迷路屋敷のような、とにかく変わった造りなのだ。

「いま、湯沸かすから。のど乾いたよね」

「さすけねぇ」

「何か食べる?」

「あ……いや」

りんの言葉など耳に入らないかのように、民治丸は拾ってきた流木を夢中で眺めている。
それは、己の身の丈ほどもあるものだった。
しかも、太い。
さすりながら、どう削り出していこうかと考えているのだろう。
穴が開くほど眺めていたと思ったら、今度は矢立から筆を出した。
墨を薄くつけ、流木に印をつけていく。
考えがまとまったのか、矢立に筆を仕舞うと、民治丸は今日はじめて頬を緩めた。

すっかり冷めてしまった湯呑みを手に取ったとき、寿太郎が顔を出した。
民治丸は板の間に正座し、折り目正しく寿太郎に向き合った。
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「今日はお願いがあります」

「なんだ、改まって」

「おれに、体術を教えてください!」

──何を言い出すかと思えば、と寿太郎は言った。
とぼけた口調で、大袈裟に声を出す。

「そんなもの、おれは知らねぇなぁ」

「隠さねでけろ! こいづの動ぎ見れば分がる!」

りんを指差す民治丸は、必死の形相だった。
指差されたりんも、あまりの勢いに驚いている。
寿太郎は一度だけりんを見、視線だけで何かを交わし合った。
そして覚悟を決めたように民治丸に告げた。

「そうとも。りんは俺が鍛えた。女子おなごでも、力が強くなくとも、一人で身を守るすべを与えたまで」

「寿太郎どの。どうが、おれにも教えでください! おれば、鍛えでけろ!」

寿太郎は何も言わない。
民治丸の瞳をのぞき込み、続く言葉を待っているようだ。

「おれは、見ての通り大きくねぇ。んでも、仇を討つには、身の丈六尺(約180cm)の大男を倒さねばなんねぇ」

「その流木は、そのために必要なものなのか?」

「はい。本当は、長い刀が……本物の刀が欲しいのですが、今のおれには叶いません。んだがらせめて、これで木刀をつくって鍛錬しようと思います」

「百日参籠で得た必殺の剣に必要なのだな」

「はい」

「詳しく教えてくれ」

民治丸は、御社に籠った最後の日、何が起こったかを、ひとつひとつ、嚙みしめるように語り出した。
瞑想中に白い着物の男が現れたこと、先に振りかぶった自分より一瞬先に喉元をつかれ身動きを封じられたこと、相手の抜刀の速さ、突き付けられたものが刀ではなく巻物であったこと、そして、そこに書かれていた文言──。

「手のうちに 叶わば丈を 長くせよ 一寸なれば 一寸の勝……とな」

寿太郎は唸り、腕を組んだ。
しばらく寿太郎の解釈を待ったが、寿太郎の口からは何も出そうにない。
先んじて、民治丸が己の考えを語った。

「白い着物の男は、相手より長い刀で、相手より早く抜け、と伝えたかったのではないでしょうか」

「なるほど」

「そのとき、相手より一寸でも長い刀を使う。勝負は、斬り合いで決まるのではない、始まる前に一瞬で決まるのだと」

「……抜刀、か」

「はい!」

瘦せこけた頬に、きらきらと輝く瞳。
一点の迷いもない人間の瞳とはこういうものなのかと寿太郎は思う。
ただ一心に、己が運命に立ち向かう心友の息子の姿に胸を打たれ、寿太郎は頷くしかなかった。

(つづく)