居合だましい

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第36話 第四章『出立』


新太郎を見たのは何時いつぶりだろう。
もともと大きかった体躯たいくは、また一段と迫力を増し、身に着けているものも立派だ。
風のうわさでは、城勤しろづとめになったと聞いている。
そのせいだろうか、立ち姿がずいぶんと落ち着いて見えた。
一番不思議だったのは、あの、まとうように張り付いていたトゲトゲした殺気が感じられないことだ。
金魚のフンのように引き連れて歩いていた取り巻き連中もいない。
しばらく会わなかった間に、新太郎にも大人にならざるを得ない何かがあったのだろうと民治丸は感じた。

新太郎は、真っすぐに向かってきた。
震える三郎をかばうように立ち、民治丸は静かに対峙たいじする。
足を止めた新太郎に、民治丸は声を張った。

「何の用だ」

「……少し、いいか」

「何の用だと聞いている」

「民治丸。おまえと二人で話がしたい」

そう言って、新太郎は三郎をちらりと見た。
三郎は、民治丸の着物の裾を掴んで離さない。
三郎の手をぽんぽんと叩き、「大丈夫だ」と民治丸は言った。

「したって、民治丸さま……」

「心配いらね。バガなことはもうしねぇがら」

三郎の手をはがし、民治丸は新太郎のもとへ進む。
二人は、三郎に声が聞こえないほどに離れた木陰まで進んだ。
自分で誘ったくせに、言い出しにくそうな新太郎の様子が気になった。
しばし黙り込んだのち、新太郎は重い口を開いた。

「おまえまだ……仇討ちをする気か」

「あだり前だ。これまで、そのためだけに生ぎできたんだ」

「もう10年以上も前のことだぞ?!」

「関係ねぇ」

仇討あだうちは母上さまのため、か?」

「それもある。んでも、ちがう」

その答えが意外だったのか、新太郎は子供に戻ったような目で民治丸を見た。
その目にいつくしみが見え、民治丸は戸惑う。

「俺は……単純に知りたいんだ。なんで父上さまが死ななければならねがったか。なんで、殺されだのか。そいづに会って聞いでみだいんだ」

「おまえ……」

「訳を聞かねば、本当の仇討ちは果たせないべ。母上さまが願う浅野家再建のことは、正直俺はどうでもいい。ただ、父の汚名だけはすすぎたいと思っている」

「……わがった。今から話すこと、心して聞いでけろ」

そう言うと、新太郎はひとつ深呼吸をした。
次の瞬間、口から出てきた名前に、民治丸の鼓動が早まる。

「先日、城内で『坂上さかがみ主膳しゅぜん』という名を聞いた。どうもやつは京にいるらしい」

「……京……」

「見かけた者がいるんだ。いや、前から噂はあったんだが」

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幼き頃より、追いかけて、追いかけて、追いかけてきた、父のかたき
影も形もない、見たことも触れたこともない幻の相手が、今、初めて実態を持った気がした。

(いかなければ!)

民治丸の心の声が聞こえたかのように、新太郎は問う。

「行くんだな」

「あぁ。あの日から……父上が倒れたあの初雪の日からずっと……ずっとこの日を待っていたんだ」

「でもおまえ、抜刀術は完成したのか?」

「どうしてそれを……」

「刑部さまから聞いている。百日参籠して、明神様がら授かったんだべ? あの頃の仲間は、みんなお前のことを気にしているんだ」

──仲間、という言葉が引っかかった。
自分はこれまで、一度たりとも彼らを仲間だと思ったことはない。
なのに、自分をいじめた当の彼らは、仲間だったという。
今更ながら、可笑おかしくなる。
あの頃、一人、誰にも交わらず、突っ張ってきた自分が思い出される。
きっと可愛くない子供だったのだろう。
仲間外れにされてしまうのは、そういう自分の可愛げの無さが原因なのかもしれない。
もっと心を開いて、普通に接することができたなら……何か変わっていただろうか。
三郎の失明も、かたくなな自分が招いた悲劇なのかもしれないと、今更ながら思う。

それから新太郎は、刑部さまの最期を語ってくれた。
刑部さまは一昨年の夏、戦場にて落命されたことを民治丸は聞いていた。
道場は解散し、門下生は散り散りになったとか。
あれほどの剣の名手が、敵の弓矢で一瞬にして死に絶える様を、新太郎はすぐ傍で見ていたらしい。
他にも、たくさんの人が死んだ。
いくさとはそういうものだと頭では分かっていても、本当の本当には分かっていなかったと、新太郎は言った。
今はまさに、戦国乱世。
生き残った者として、またこれから次の戦に臨むであろう者として、いま一日一日を大事に生きると、新太郎は決めたようだった。
命のやり取りを経験すれば、人は否が応でも変わってしまう。
それまで何気なく扱っていた剣の重みを知ってしまったのだから。
そこで初めて、三郎にしてしまったことを心から恥じたのだと、新太郎は告白してくれた。

「すまなかった」

「あぁ。坂上主膳の消息……知らせてくれたこと、感謝する」

「いや……感謝されるようなことはなんも」

「抜刀術は完成には程遠い。んでも、旅をしながらでも鍛錬たんれんはできるべ。一日も早くここを発って、坂上主膳に会うまでには完成させてみせるがら」

「民治丸……なぜにそこまで頑張れるのだ。むなしくなったりはしないのか?」

「そんなの、いっつもだ」

そう言って笑い飛ばす民治丸を、新太郎は不思議そうに見ていた。
民治丸の笑い声に、遠くから二人を心配そうに見ていた三郎も、ぎょっとする。
民治丸は少しだけ親しみを込めた目で、新太郎に告げた。

「んでも、これからは大丈夫だと思う。俺にも仲間がいたってことが、分がったからな」

「……民治丸……」

新太郎は、離れた場所にいる三郎の方を見た。
深く一礼し、去っていく。
その大きな背中を見て、いつか、真の友になれたら……と民治丸は祈る。

出立しゅったつの時は近い。
目指すは、京の都──。
暮れかかる空を見上げると、春三日月がぽつりと浮かんでいた。

(つづく)