居合だましい

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第44話 第五章『宿命の先に』

人だまりのできているこの場所は川会所というらしく、通行人はそこで金を払い“川札”を発行してもらう仕組みになっていた。
川札が無いと川を渡ることができないようだ。
川札の料金は水量によって変動するようで、昨夜の雨で水嵩が増した今日は、料金が跳ね上がってしまった。
足を止められたわけではないが、そのことで先を急ぐ旅人たちが揉めているのだ。

「えー、20文だ、20文! 順番に並んでくれ!」

今日の川の渡し賃は20文だと、男が声を張る。
いつもは5文だろ? と常連らしき男がいちゃもんをつけているが、男は一切取り合わない。「嫌なら水が引くまで川止めを食らいな」と威勢が良いかぎりだ。

(たしかに増水しているようだが……そんなに大きな川には見えないけどな)

甚助は、以前、寿太郎が話していたことを思い出す。

「川の流れとは不思議なもので、表面と中身ではまるで違ったりする。土地のことを知っていないと痛い目に遭うんだ。だから、俺たちの商売が成り立つのだがな」

三沢川のほとりに住まいをもつ寿太郎は、荷船のために川案内をすることがあると言っていた。
案内料をけちり、転覆してしまった船を助けるのも寿太郎たちの仕事で、水につかった品物を引き揚げたら、そのうちの何割かをもらえる仕組みになっていると。

川越し人足と呼ばれるふんどし姿の男たちが目に留まる。
寿太郎の教えに従えば、ここでは彼らの助力を得ねばならない、ということだろう。

(引き返すか、進むか。……どうする?)

ここで20文払ったら、甚助は一文無しになる。

(引き返すなど、あり得ない。でも……金を払うわけにもいかない。だとしたら……)

甚助は、人垣を離れ、川沿いに向かって一人歩き出す。
川の流れを読むように目を凝らし、道筋の検討をつけ、荷物を高い位置で結び直し、しり端折ぱしょりをしたときだった。

「おやめなされ、若いの」

どきりとして振り返る。
声の主は、腰に刀を下げた背の高い男だった。
ぼさぼさの総髪に藍染めの着物、浪人者だろうか。
男は甚助にむかってひらひらと手を振った。

「あんたのように細っこいのは、あっという間に流されちまうぞ」

「か、かまわないでください!」
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「この川は、見た目よりずっと流れが速い。悪いことは言わん。それに、たとえ渡り切ったとしても、向こう岸に構えている土地の連中が黙っちゃおくまい。余計なめんどうは避けた方が良いだろ」

「か、川を渡るのに、誰かの許可がいるなんて、おがしいべ! だいたい、川を渡るのに、なんで金がいるんですか!?」

「この先は橋を渡るんだって、金がかかるぞ」

「ぇ、え?」

明らかに動揺している甚助を見て、男は、くすくすと笑った。
むっとする甚助に、男はゆっくりと近づく。

「あんた、金がないのか?」

「……言いたくありません」

「腰の刀は本物だろうな?」

「どういう意味だ!」

「中身は竹みつではあるまい」

「も、もちろんだ」

「あんた、剣の腕に自信は?」

「……少々」

「ふーん」

男は、甚助を上から下まで舐めるように見た。
細っこいが足腰は丈夫そうだな、と独り言を言いながら、にやりと笑ったのだ。

「良い金儲けのクチがある。いっしょにどうだ?」

「それは、どんな?!」

つい、前のめりに聞いてしまった甚助を見て、男はまた笑う。
けらけらと、よく笑う男だ。

「なぁに、ちょっとした人助けだ。報酬は銀一貫」

「ぎ、ぎんいっかん?!」

「もちろん、一人につき、だぞ。どうだ、のるか?!」

頭がぼぉっとして、うまく動かない。
うまい話にのるなという警告音が、頭の中でびりびりと鳴ってもいる。
返事できずにいる甚助の腕をとり、男は川べりを上り出した。

「ちょ、ちょっと待ってけろ、まだやるとは言ってねぇ」

「分かってる、分かってる。まずは腹ごしらえだ。旨い朝飯を食いながら、ゆっくり仕事の中身を説明してやろう」

その手を振り払うことだって出来たのだが……。
甚助は、なぜかそうはしなかった。
銀一貫とは、1000文に値する大金だ。
それだけあれば、いつ見つかるとも知れぬ宿敵を、ちゃんと体調を整えながら探すこともできるだろう。
銀一貫という金額と、人助けという言葉、なにより旨い朝飯という甘美な響きに、甚助の心はすっかりとらわれてしまった。

「あんた、名はなんと言う?」

「……林崎甚助、重信」

「ほぉ。甚助、とな」

おれの名は、風間仁左衛門かざまじんざえもんだ、と男は言った。

「じんすけに、じんざえもん、か。こいつは面白い」

そう言ってまた、けらけらと笑った。

(つづく)