居合だましい

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第45話 第五章『宿命の先に』

風間に連れられ一膳飯屋いちぜんめしやに入った甚助は、店主も驚くほどの食欲で、あっという間に丼飯を平らげた。
湯呑みを片手に、にやにやと見ていた風間は、奥に向かって「おぅ」と手を挙げる。
するとすぐに、新しい丼が運ばれてきた。
湯気の立つてんこ盛りの飯と、しょっぱいつくだ煮。
これがまためっぽう旨く、飯に合う。
何を煮つけたものなのか、つやつやとした黒い塊は、口の中に入れると少し粘り、程よい弾力がある。
噛めば噛むほど、旨みが、じゅわっと染み出てきて、なんぼでも飯が食べられそうだ。

「気に入ったか」

「はい。これは何を煮つけたものですか?」

「昆布だろ。あんた、そんなことも知らんのか」

あきれたように、風間は言った。
武家の出で昆布を知らない者もいるのだなぁと、不思議そうに首を振る。
そういえば……はるか昔に食したことがあるような気もする甚助であったが、そのことを詳しく話すつもりはない。
代わりに、甚助は大きく口を開けて山盛りの飯と、菜っ葉の漬物を放り込んだ。

昆布は縁起物だから、いくさの前には必ず食すのだと風間は教えてくれた。
陣中食として備える者もあるのだと。
物心ついてから父がいない甚助にとって、戦に縁がないのは当たり前である。
さらに、お家は断絶し、爪に火を点すような暮らしであったのだ。
母上様にもこのふくよかな味を食べさせてあげたいと思う甚助である。


「それで、褒美ほうびがもらえるという人助けのことですが」

丼を二つ平らげ、人心地ついた甚助は切り出した。
店主が湯呑みに茶を注ぎ足すのを待って、風間は答える。

「ここから15里ほど離れた村で、用心棒を探している御方がいる」

「用心棒?」

「あぁ。腕の立つ連中を見繕って、その村まで連れていくのが俺の役目だ」

「はぁ……。それで、どんな方をお守りするのでしょうか?」

「人ではない。馬だ」

「馬? 馬を守るお役目……ということですか?」

「あぁ。でも、そんじょそこらの馬じゃないぞ。見ればわかる」

しかし、馬を警護して銀一貫とは。
甚助は戸惑うばかりだ。
だが、俄然がぜん興味が沸いた。
この先に何が待っているのか、想像するにはあまりに世間を知らない甚助である。

「詳しいことは、道々語ろう。引き受けてくれるな?」

「承知した」
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さっと勘定を済ませ席を立つ風間に、甚助は慌てて続く。
一日も早く、一人でも多く仲間を探して村に戻りたいのだと風間は言った。
その顔は、さっきまでとは別人のように引き締まっている。

(引き受ける前に、もう少しちゃんと状況を聞くべきだったか)

急ぎ歩く風間の大きな背中に続きながら、甚助はもう後悔していた。
だが、腹いっぱい飯を食わせてもらった今となっては簡単に断る訳にはいくまい。
何より、金も必要ではないか。
甚助はそう自分に言い聞かせ、背筋を伸ばす。

風間の動きは速い。
金遣いも豪快で、甚助が迷う間もなく、旅路は進む。
川会所でも慣れた様子で手続きを済ませ、川越し人足に心づけをはずんだのか、並んで待っている人たちを追い越して、誰より先に渡してもらった。
風間の言った通り、川の流れはかなり急で、支えてもらっていても流される。
刀を水に浸けそうになってオロオロしていると、「子どもみてぇだな」と川越し人足たちに笑われた。
向こう岸に渡ってからは、東山道を南西にひたすら進む。
幸いなことに、行先の方角は、甚助が目指す方角と同じようだった。

宿場を過ぎる度、仲間は一人、二人と増えていく。
風間が声を掛けるのには、とくにこれといった決まりはないようで、とし恰好かっこうも皆ばらばらである。
共通しているのは、腰に刀があることと、高額な報酬につられた者ということのみ。
素性の分からぬ浪人者たちがぞろぞろと固まって歩く様に、道行く人々が目を合わせぬようにしていた。

風間は、思ったほどおしゃべりではなかった。
身の上や、旅の目的など、聞かれたらどう答えようかと身構えていたが、拍子抜けするほど問われない。
裏を返せば、自分のことも聞くなということだろう。

日もとっぷりと暮れた頃、連れは5人に増えていた。
宿をとり、夕餉ゆうげを食し、湯につかる。
それらの払いはすべて、風間が持った。
酒をせがむ者もおったが、それは目的地に着いてからのお楽しみだと、きっぱりと断る。
それでも、誰も文句は言わなかった。
甚助同様、久しぶりに立派な屋根のあるところで寝るという者が多かったせいだろう。
ここまでしてもらい、皆、後には引けぬ。
明日は一気に目的地まで進むと、風間は言った。

寝入りばな、ふと風間の視線を感じた甚助は、頭に浮かんだことを聞いてみた。

「風間さまは、おれがどこから来たのか、どこへ向かっているのか、聞がねぇのですね」

「聞かぬとも分かるわ。ずっと北のほう、出羽の国、あたりではないのか」

「どうしてそれを……」

「そのお国言葉、気が付かんのか」

あ、と声を上げる甚助に、風間は、くくくと笑んだ。
旅に出て以来、話し言葉には気をつけていたつもりであった。
幼い頃、亡くなった父の影響で、母に厳しく言葉を直された甚助は、この旅でそれを思い出し、気を付けてしゃべっていたつもりだったのに。

「あんたがどこに向かっているかも、俺には興味がない」

寝るぞ、明日は早い──風間はそう続けて、背中を向けた。
ほどなく、いびきが聞こえてくる。
その音があまりに大きく、驚き、体を起こした。
見ると、他の浪人者たちも、顔をしかめて起き上がっていた。

「やれやれ、耳栓か酒がいるな」

誰かがぼそりと言い、誰かが唸る。
甚助は一人、大きな背中を見て笑いをこらえた。

(つづく)