居合だましい

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第46話 第五章『宿命の先に』

風間仁左衛門について歩いてきた甚助たちは、信濃国のとある村に来ていた。
すこしばかり空気が薄く感じるのは、土地の高度が高いのだろう。
甚助と風間を含む七人の男たちが、額に汗を浮かべながら高台に立つ。
とたん、眼下に緑の草原が広がった。
心地よい薫風が、男たちの薄汚れた着物を揺らす。

「なるほど。ここいらなら、馬にはちょうど住みよいかもしれんな」

三十半ばの浪人くずれ、源四郎が言った。
もとは百姓の出のようで、朴訥ぼくとつな風体だが、なかなかのひょうきん者である。

「源四郎、おぬし、馬の心が分かるのか」

そう茶化したのは、一番の年寄り、権六だ。
自称、弓の名手ということだが、皆に「お前自身を飛ばしたらどうだ」とからかわれるぐらいに痩せて骨ばっている。

「あぁ、人の心よりはずっと分かる。とくに雌馬はな」

源四郎の返しに、一行の笑い声が上がった。
一癖も二癖もありそうな連中が、爽やかな風を受け、肩を揺らして笑い合う姿を見て、甚助は不思議な気持ちになっていた。
思えば、仇討ちの旅に出て以来、こんなに穏やかなときを過ごしたのは初めてだった。
見知らぬ他人同士とはいえ、こうして数日ともに過ごせば、気心も知れてくる。
これから待ち受ける困難を知ってか知らずか、男たちはカラカラと笑い、妙に楽しげだ。
その輪の中で自分も笑っていることに違和感を覚えつつ、どこか温かい気持ちになってしまう甚助である。

「さぁ、急ぐぞ。雇い主の屋敷はこの先だ。じきに牧場まきばも見えてくる」

「まきば?」

「あぁ。そこで馬を産ませ、名馬に育てあげるのだ。おまえら、見て驚くなよ」

風間は思わせぶりに微笑んだ。
ほどなく、その微笑みの理由が分かる。
風に交じる獣の匂いを辿っていくと、突然、つやつやと光る馬たちが現れた。
その姿たるや!
甚助たちは見惚れてしまい、呆けたように口もきけないでいる。

目の前の馬は、まず、とてつもなく大きかった。
馬の標準的な大きさは、四尺(約120センチ)とされていた時代である。
甚助は一度、八寸に余る大馬というのを見たことがある。
それはつまり四尺八寸(約144センチ)の馬ということで、そのときも大層ため息が出たのだが、今、目の前にいる馬たちは、まったくもってそれ以上であった。
「六尺(約180センチ)近くもあるのではないか」と風間に問えば、「いかにも」と軽く答えられてしまい、皆、唸った。

馬たちは毛艶も良く、皮膚が薄いのだろうか、筋肉の躍動が目に見えるようで、陽を浴びながら駆ける姿は、黄金に輝いて見えた。
可愛らしい仔馬たちもたくさんいる。

「なんと神々しい……」

「献上馬だ」

「それは……もしや」

「あぁ。朝廷に差し出す馬だよ。ここは名馬の産地だからな」

風間の話によると、中秋の日(旧暦八月十五日)満月の夜に、朝廷側に馬を引き渡す儀式があるのだとか。
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(その日まで、我々はこの馬を守るということだろうか? この名馬たちを、何から守るというのだ?)

甚助の感じた疑問は、他の皆も思っていたことのようで、互いに視線を交わし合い、最後は一番年嵩としかさの権六が風間に問うた。
風間は「まぁ、待て」と言ったきり、前方の大きな屋敷を指差し、口を閉ざす。
続きは雇い主から直接……ということなのだろう。
馬の世話をする男衆が、風間の姿を見つけて、遠くから頭を下げる。
そのすがるような眼差しが甚助は気になった。

はたして雇い主は、土豪どごう、北山半左衛門という男であった。
この土地を支配する者の屋敷らしく、かわらきの立派な造りである。
屋敷の裏手が牧場に続いており、馬小屋らしき小屋がいくつも併設してあった。
わらを積んだだけの小屋もある。
至る所から馬糞の臭いがした。
それらの間をすり抜け、屋敷の表門まで辿り着く。
表から見ると、さらに立派なお屋敷に見える。
門の前に立ち、大屋根を仰ぎ見て、源四郎が言った。

「これは、これは。今夜はしこたま酒を飲ませてもらえそうだな」

男たちがニヤリと笑み、のどを鳴らす。
だが、門をくぐる前に、ことは起きた。

「誰かぁ! 茨組いばらぐみ、茨組だっ!!」

一行に緊張が走る。
馬のいななきと共に、女の悲鳴も上がった。
風間は、一目散にいま来た道を引き返し、屋敷の裏手、牧場のほうへと駆け出した。

「お前らも来い!」

訳も分からず、甚助たちも続く。
風間は走りながら叫んだ。

「やつらは、茨組という無頼者ぶらいものの一団だ! 手ごわいぞ、気をつけろ!」

男たちは、体に縛りつけた旅の荷を、走りながら次々に投げ捨て、剣を抜いた。
弓使いの権六は、一人小高い所に上り、弓を張り、矢を取った。
甚助はただ一人、信国をさやから外さずに走った。

西の方角から、馬に乗った荒くれ者たちが一気に駆けてくるのが見える。
その数、12~3騎といったところか。
敵のやからは皆、あかねめの下帯を幾重にも回していた。
朱色の鞘を腰に差す者もいる。
粋を気取っているつもりなのかもしれないが、その出で立ちと振舞いに無性に腹が立つ。

牧場の馬たちは興奮し、四方八方に散り散りになっていた。
仔馬たちを守るべく、世話役の男衆が必死に手綱をかけ、奥へと連れていこうと引っ張っていた。
風間はそれを庇うように立ち、近づいてきた茨組の男めがけて、農具を投げつけた。
まずは一人、落馬させ、地面に転がった男の喉を、素早く短刀で裂く。
どす黒い血が噴き出し、風間の着物もあけに染まった。
すべてが一瞬のことだった。

(そうか、やつらのあの赤い色……血の色なのか)

「何をぼぉっと見ている! しっかりしろ!」

怒鳴られた甚助は、我に返ると南の方角へ走った。
美しい馬を追いかけ回している無頼者に向かって、ひとり突進していく。
男たちが乗る駄馬では、まともに駆け比べても追いつけないだろう。
だが、やつらは周到に囲み込み、荒縄を投げようとしていた。

(一気には無理だ! まずはあいつから……)

甚助は目をつけた敵に背後から素早く近づき、相手の振り回す槍をかいくぐり、懐へ入った。
その瞬間、信国で相手の腕を斬り落とす。
悲鳴を上げ落馬した仲間を見て、他の無頼者たちの矛先が甚助に向かう。
奇声をあげて突進してくる輩を、甚助はひらりひらりと交わし、一騎ずつ無我夢中で斬っていく。
迷っている暇はなかった。
気の毒だが、敵の馬の脚も斬った。

あちこちで悲鳴と怒号が上がり、肉を斬る鈍い音がした。
しばしのち、かしららしき男が指笛を鳴らすと、生き残った無頼者たちが一気に引いていく。
やがて馬のいななきも消え、静寂が訪れた牧場を、甚助はゆっくりと見渡した。
ついさっきまで、輝くように美しく、清らかに澄んでいた景色は、あちこちに不吉な血だまりができている。

「みんな……無事か?」

風間の問いかけに答えたのは、甚助と痩せた体の年寄り権六だけだった。

(つづく)