居合だましい

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第47話 第五章『宿命の先に』




甚助たちは、たかぶっている心を静めるべく、案内された広間にどっかりと座した。
きらびやかで美しい襖絵が、この家の財力を物語っている。
だが、今はそこに目が行くこともない。
いましがた起こった出来事を、まだきちんと受け止めきれないでいる甚助である。
敵を四人斬ったが、仲間も三人やられた。
ケガをした馬が一頭、それに連れ去られてしまった馬も1頭いる。
激しい戦いであった。
ふと、思い出したように風間が声を出す。

「源四郎の姿が見えぬ」

「あいつなら、山の方へ逃げていったよ」

「逃げた?」

「あぁ。俺は高台にいたからな。あいつが早々に逃げていくのが、ちゃんと見えていた」

「……やっとまともに戦える人数が揃ったと思ったのにな。三人死に、一人逃げ……残ったのは俺たちだけか」

ううむと唸り、あごさする。
これからの戦い方を思案しているのか、風間の顔が一層厳しくなった。

しばしのち、丁子ちょうじ色の着物を着た白髪頭の男が現れた。
土豪、北山半左衛門きたやまはんざえもんである。

「この度は……誠に恐れ入ります。到着していきなりのことで……その……なんとお話しすればよいか」

白髪頭を垂れて、半左衛門は言葉を選んでいた。
憔悴しょうすいしている様子ではあるが、その肌は艶やかであり、瞳にも力があった。
小さな背中にも、この地を束ねる者の威厳いげんが漂っている。

「北山殿。単刀直入でよい。俺たちは金目当てに集まってきたんだ。もっとも、すでに四人消えたがな」

「はい……。それでは、風間様がおっしゃるように」

北山半左衛門は顔を上げ、甚助と権六、そして風間の顔を一人一人しっかりと見た。
低く、しっかりとした声で、語り始める。

「まずは、お侍さま。できうる限りの御礼はいたします。ですからどうぞ、どうぞこの地を、私共を見捨てないで頂きたいのです。お力をお貸しくださいませ」

半左衛門の声は切実だった。
必死で頭を下げられ、甚助は困惑する。

「この地では、代々、名馬が生まれます。皆さまもご覧になられたでしょう? あの馬たちを守り、立派に育て上げ、無事に逢坂駒迎おうさかこまむかえの儀式を終えなければいけない。それが私共の務めなのです」
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「逢坂駒迎の儀式、とは」

「はい。中秋の日(旧暦八月十五日)満月にあわせて、朝廷に馬を献上します。望月宿……逢坂の関にて、迎えに来た朝廷側に馬を引き渡す儀式です」

「俺たちはその日まで、馬を守るお役目ということだな」

権六の問いに半左衛門は、「さようでございます」と頷いた。
風間も横でうんうんと頭を振っている。

「中秋の日まで、あとひと月……か。それまで、立派な寝床に旨い飯、たまには酒も出してもらうとして……なるほど、悪くない仕事だ。な?」

権六の投げかけに、甚助は頷くことができない。
一刻も早く京へ上がり父の仇を探したいのに、こんなところで、ひと月も足踏みするわけにはいかないのだ。
だが、一度引き受けた仕事を放り出して逃げることも、甚助の信条に反する。
先立つものも必要だった。

「それにしても……さきほどの賊、いったい何者なんだ?」

「はい。賊は茨組いばらぐみと名乗る無頼者ぶらいものの一団でして、京や浪華(現在の大阪市)に露出していたのがこっちに流れてきたようです」

「もとは侍、か」

「なかには腕の立つ者もいるようで……これまでも随分と……」

半左衛門は隠してもしょうがないと腹を決めたのか、これまで雇った用心棒たちも、彼らに随分と斬られてしまったことを包み隠さず話した。
残ったのは風間様だけだと半左衛門が言うと、当の風間は、バツ悪そうに頭を掻いた。
応仁の乱以降、室町幕府の紊乱ぶんらんにつけこんで、世を乱そうとする輩がたくさん現れている。
そういう浪人崩れの集団が、茨組だ。
やつらは手段を選ばず、血も涙もない。
つまり、強いのだ。
噂は噂を呼び、高額な報酬につられてやってくる者も、近所ではいなくなってしまった。
風間は一人、遠くの宿場まで足を延ばし、仲間を集めた。
そこに引っかかったのが、甚助たちという訳だ。

「なるほど、命懸けということだな。面白い」

権六が、なぜか嬉しそうに言った。
その瞳が問いかけるように甚助に向く。「さぁ、おまえはどうする?」と。

「おれもやります」

「よし! まずは飯だ」

風間が膝を打ち、立ち上がる。
その横で、半左衛門が額を擦り付けるように頭を下げた。

(つづく)