居合だましい

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第48話 第五章『宿命の先に』

その夜、甚助と風間、権六の三人は、これからのことを話し合った。
寝床として与えられた部屋は清潔で、簡素でも華美でもなく、品良く整えられている。
隅には、見たこともないようなフカフカの布団が積んであった。

「やれやれ、今夜は眠れるかな。慣れぬ好待遇を受けると、かえって腰が痛くなりそうだ」

憎まれ口を叩きつつ、権六は嬉しそうに布団の膨らみを手で押している。
そうしながらも「風間殿がどうしてここに留まるのか分かったぞ」と茶化すことを忘れない。風間は返事もせず、しかめ面で大きな紙をにらんでいた。
甚助も傍らに座し、のぞき込む。

「この村の地図、ですか」

「あぁ。今から仲間を探しに行くには時間が足りん。生き残った我々三人で、あとひと月、なんとか守り切らねば」

「しかし、どうやって? この広い敷地をたった三人だけでは……」

「いや、こちらにも勝ち目はある。敵もかなりの深手を負ったはずだ」

風間の作戦はこうだ。
牧場まきばと馬小屋を囲むように、毎晩かがり火を焚く。
奴らが襲ってくるとしたら、次はきっと夜だろうと風間は踏んでいた。
村の男衆にも協力してもらい、朝まで交替で見張るのだ。
たくさんの松明たいまつや、かがり火を目にすれば、こちらには兵がたくさんいるように見える。
此度こたびのように、うかつに手は出してこないだろう。
傷ついた奴らが態勢を立て直し、再度襲ってくるまで、しばし時がかかるはず。
その間にこちらもできうる限りの手を打つのだと、風間は言った。
権六は頷いたが、甚助は不満顔だった。

「なんだ、その顔は。意見があるなら言ってみろ」

「敵の根城ねじろは見当がついていると、北山様は申しておられました。だったら、向こうから襲ってくるのを待つのではなく、こちらから攻め入るべきかと」

「なるほど、その手もあるな」

そう頷いたのは権六だけで、風間は険しい顔で黙っている。
権六の反応を見て、甚助はさらに勢いづいた。

「残った敵の数は、九騎とみました。一人で三人斬ればいい計算です。中には手負いの者もいるし。根城に夜襲をしかけて一気に潰しましょう」

「だめだ」

「どうしてですか?! かがり火なんて焚いたら逆効果です! こっちが虚勢を張っていたら、奴らはなかなか襲ってきやしないでしょう? あとひと月も、のんびりここで待つんですか?」

「奴らの根城は山中にあるのだ。山の下から上を攻めるのに、我々だけでは無理だ」

真意が理解できないでいる甚助に、風間はなおも続ける。

「想像して見ろ。戦は、上から攻撃するほうが圧倒的に有利なのだ。奴らはそのことも分かった上で山に根城を築いている。ここらの山は、奴らの庭だ。我々より地の利にも長けているし、至る所に罠を仕掛けてもいるだろう」

「そんなもの、簡単に見つけられます」

「なぜそう言い切れる?」

「山のことなら誰よりもよく分かるからです」

「それはどこの山だ? お前の知っている山とは北国ほっこくの山だろう? ここらの山とはえている樹も、草花も、住んでいる獣だって違う。そんなことも知らずに、うぬぼれるな!」

返す言葉がない甚助である。
悔しいが風間の言うとおりだった。
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「甚助よ。なぜそんなに先を急ぐのだ」

「それは……」

一日も早く京に上がり仇討ちを果たしたいから……その言葉はぐっと飲み込んだ。

「おまえの策は、茨組の奴らをやっつけようという策だ。俺のは、ここを、ここで育てている馬たちを守る策。同じようだが、ぜんぜん違う」

「んでも、おれは……」

なおも食い下がろうとする甚助を、権六が制した。
無言ではあるが、その目は「ここでは風間が大将だ」と説いている。
実際、その通りなのだ。

甚助は、乱暴に布団を広げ始めた。
ふてくされた顔で自分の分を敷いた後、しばし迷ってから他の二組の布団も敷く。
そういうところに、甚助の人の良さが出てしまうのだ。
への字になった眉毛が、急に子供のように見える。
権六は細い体を折り曲げるようにして笑い出し、風間もつられて笑った。
その顔は、いつもの陽気な男の顔に戻っていて、必然、甚助の頬も緩む。
権六は甚助の肩に手を置き、年長者らしく優しい声を出した。

「なぁ、甚助。おぬしはどこまで旅するのだ? 俺らに隠すこともないだろう?」

「……京へ、行きます」

「ほぉ。田舎もんが都見物か?」

「いいえ、人を斬りに行くのです」

風間も権六も、驚いて甚助を見た。
冗談かとも思ったが、甚助の顔はいたって真剣である。

「父上のかたきを……その男を斬るためだけに、おれは今日まで生きてきました」

「その男が、京にいるというのか」

「はい。……たぶん」

「して、男の名は?」

「……坂上……主膳」

二人は、知らんなぁと呟き、それぞれ両端の布団に横になった。
必然、甚助が真ん中で眠ることになってしまう。
二人とも甚助に背を向けていて、気持ち良さそうに体を布団に預けている。
灯明とうみょうざらの灯を消し、甚助も体を横たえたとき、早くもどちらかのイビキが聞こえていた。

「……坂上主膳、か。どんな男なのだろうな」

卑怯ひきょうな男です。父上は、明神様のところからの帰り道、その男に闇討ちされたのです」

「そうか。たしかに、卑怯な奴だ」

会話はそこまでで、あとは両側からイビキの大合唱が聞こえてくる。
今日は長い一日だった。
目を閉じるも、眠れそうにない。
暗闇の中で、微かに、馬の息遣いを感じたような気がした。

(つづく)