居合だましい

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第49話 第五章『宿命の先に』




風間の予測通り、茨組いばらぐみはなかなか襲ってこなかった。
不気味なほど静かで、緊迫した日々が続いている。
敵に備える策を練り、じっと待つことがこんなにくたびれるものだということを、甚助は初めて知った。
甚助だけではない。
村の衆は皆、日を追うごとに、じわりじわりと疲労の色が濃くなっている。
夜は松明を焚き交替で見張りをし、昼は甚助たちから身を守るすべを習う。
刀など持っていない男衆に、使えるものはすべて使って、武術を教える甚助たちであった。
男たちを支える女衆の力も大変なものである。

そんな中、村の衆と甚助たち用心棒の間には、目に見えぬ絆のようなものができていった。
ここへ着いた頃に感じた、どこかあきらめたような空気は消え、なんとしてでも我らの大切な馬を守るのだという機運の高まりを感じる。
甚助たちを中心に、日に日に村が一体となっていく様は気持ちの良いものだった。
これもおさである北山半きたやまはん衛門えもん人望じんぼうなのだろう。
いや、風間の人望、というべきか。

先の戦いから十日経ち、二十日経ち……気が付けば、出立の日は明後日まで迫っている。
焦る気持ちを素振りで誤魔化し、甚助は今日もまた、答えの出ぬ質問を仲間に投げた。

「権六どの。奴らはこのまま襲ってこないつもりでしょうか?」

「はてな。あきらめるとは思えんが、な」

「でももう、出立は明後日ですよ!」

「まぁな。襲ってくるとしたら、今宵か、明日の夜か」

弓矢の感触を確かめながら、他人事のように権六は言う。
先刻より、矢の先に何やらぼろ布を巻きつけている。
何に使うのかがまったく分からない甚助は、首をかしげて作業を覗き込んだ。
せっかく先が尖った先端を、布で覆い隠してどうするというのだろう。
甚助のしつこい視線に耐え兼ねたように、権六は答える。

「風間殿の指示で、火矢をつくっているのだ。ここに油をしみ込ませ、火をつけてから敵の陣地に放つ。たちまち火の海になるだろう」

想像しただけで背筋がぞくりとする。
例えば寝静まった屋敷に、この火矢を放ったら……どうなる?
刀での斬り合いの比ではない大勢の人を、一矢で殺すことができるだろう。
風間は、こんな武器を、どの機会に、どこへ、打ち込むつもりなのだろう?
こちらから敵の根城を襲うつもりはないというのに。
ここに滞在している間に、ずいぶんと想像力が豊かになった甚助である。
戦とは、やるか、やられるかだということを、頭と体、両方で覚える日々だ。
それでも風間の狙いは、甚助には想像できそうになかった。

「そういえば、風間さまの姿が見えませんが?」

「北山殿と何やら話があると言っていたが」

「なんの話でしょう? 我々にも関係があることでしょうか」

「知らん。甚助よ、少しじっとしていられぬのか? 夜に備えて少し寝ておけ」

眠れそうになど、ない。
それでも甚助は、言われた通り横になった。
ひじを枕にし、権六のほうを向く。

「しかし……風間様はどうして、この村を救おうとされるのでしょう? 聞けば、縁もゆかりもない土地だとか」

「さぁな。飯と布団が気に入ったのではないか」

「真剣に聞いているんです!」

「じゃあ、お前はどうして引き受けたんだ?」

「おれは……もちろん、金目当てではありますが……一言では説明できません」

「わしだってそうだ。高額な報酬目当てとはいえ、あまりに危険すぎる仕事だ。死んでしまったら報酬も何もないしなぁ。これまでの用心棒が逃げ出した気持ちも分かる」

「そう! そこなのです。それに、風間様ほどの腕がおありなら、どこの家臣にだってなれたでしょうに。どうしてこんな仕事を……」

「本人に聞いてみろ」

「え?」

権六が顎をしゃくってみせる。
見ると、当の風間が立っていた。
甚助は、慌てて飛び起きた。

「か、風間さま」

「めんどくさい男だな、甚助よ。そんなに他人ひとのことが気になるか?」

「すみません。一度考えだすと、気になってしまって」

「俺がここに留まる理由、か。……ここが俺の居場所だと思ったからだ。どうせ忠義のために人を斬るなら、信頼できる者たちのために斬ろうと思ってな」

そう言うと風間は、二人の間にどっかりと腰を下ろした。

「そんなことより、聞いてくれ。ちと報告がある。明後日の出立についてだ」

二人を呼び寄せ、居住まいを正す。
風間の口元は、珍しく緊張して見えた。
部屋の空気が一瞬で引き締まる。
甚助と権六が、顔を寄せた。

「俺は、茨組の奴らが襲ってくるのは、ここを出立した後だと踏んでいる。逢坂おうさかの関で、迎えに来た朝廷側に献上馬を引き渡す前……我々が移動中に、どこかの峠道で仕掛けてくるだろう」

「移動中に?!」

「あぁ、そうだ。理由は二つ。ひとつは、俺があいつらならそうするからだ。こんな広い牧場まきばで仕掛けるより、ずっと襲いやすいからな」

なるほど、言われてみればその通りだった。
一対一での斬り合いばかりを考えて生きてきた甚助には、なかなか想像が及ばないことではある。

「もうひとつの理由は、ここ二日ほど、山から火の気が消えているからだ」

村の衆が観察しているところによると、山中にある奴らの根城ねじろの辺りから、ここ二日ほど煮炊きの煙が上がっていないらしい。
我々が辿る予定の望月宿までの行程を、先回りしているのだろう。
だからといって、今晩と明晩の警戒を怠ることはできないが、十中八九、移動中に襲ってくるだろうと風間は予測していた。

「だったら、道を変えましょう」

「だめだ。仮に別の道を使ったとしても、最後は必ず逢坂の関に出るように、道は決まっている。それに、献上馬を万が一にも傷つけないよう、悪路は避けなければなるまい」

「んん……峠の一本道で前と後ろを塞がれ、そこで横を突かれたら……逃げ場はないな。我々三人で、どう戦うというのだ」

権六が珍しく深刻な声を出す。
だが、風間は力強く言い切った。

「俺に、考えがある」

決意を持った風間の様子に、甚助と権六がいっそう顔を寄せた。
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出立の朝である。
毛並みも美しい名馬たちが、きらびやかな飾りを施され、列をなしている。
その数、八頭。
甚助たち一行は、見送る北山たち村の衆と視線を交わし、望月宿に向けて出立した。

昨日までの間、やはり、茨組の奴らは襲ってこなかった。
ここまでは風間の読み通りである。
隊の先頭を甚助が、しんがりを権六が、中ほどを風間が行ったり来たりして全体に注意を払いながら進む。
それぞれの馬には、手綱たづなを引く世話役の村人と、へっぴり腰の自警団が張り付いていた。

中秋の日である今宵、満月がちょうど真上に上る折に、この馬たちを朝廷側に引き渡さねばならない。
真夜中まで、一瞬たりとも気が抜けないことになる。
これまでの疲労と寝不足もあるのだろう、皆、顔色が悪かった。
いつ茨組が襲ってくるか分からない極度の緊張の中で、強張ってもいるのだろう。
重たい空気が隊を覆っていた。

「おい、おい、みんな、固いぞ! 顔が暗いのだ! 誰か、歌でも歌え!」

風間がわざと明るい声を出す。
だが、その声に応えられる余裕がある者は一人もいない。

「ったく、困った連中だ。そんなんじゃ、長い道中、馬も楽しくなかろう、な?!」

返事をするように馬がいななくのを聞き、誰かが笑う。
風間は嬉しそうに笑み、ひとり、大声で歌いだした。
どうやら、地元の馬子唄を真似したようだが、その調子っ外れな歌声に、たまらず皆が吹き出す。


小諸出て見りゃ 浅間の山に
今朝も三筋の 煙立つ

小諸出抜けて 唐松行けば
松の露やら 涙やら

田舎田舎と 都衆は言えど
しなの良いのが 小室節

さした盃 眺めてあがれ
中に鶴亀 五葉の松

祝い目出度の 若松さまよ
枝も栄える 葉も繁る

小諸通れば 馬子衆の歌に
鹿の子振袖 ついなれそ

さても見事な おおづら馬よ
馬子の小唄に 小室節

松はつらいと 皆人言えど
色が変わらで ついなれそ



歌声は、ひとつ重なり、ふたつ重なり、いつしか全員での大合唱になった。
先頭を行く甚助は、その歌声に背中を押され、一歩一歩、決戦の地に近づいていく。
時折振り返れば、誰よりも大きな口で歌う風間の姿があった。

(つづく)