居合だましい

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◎熊野居合両神社(通称:居合神社)

◇山形県村山市林崎

古くは熊野明神といいました。石城嶽の大明神沢(釜ケ澤)近くの岩窟に奥の院があります。その昔、 林崎明神ともいわれてもいました。
重信公が亡くなった後、この神社で抜刀の神伝を授かり仇討ちを成し遂げたこと、居合術を確立して沢山の弟子に伝えて広めたことから、重信公は同神社の境内の一角に居合明神として祀られました。
その後、明治の神仏判然令に伴って、「熊野神社」に「居合神社」を合祀することとなり、「熊野居合両神社」が正式名称となります。
古くは江戸時代から、居合・剣術の修行をする方々のお参りが多く、刀・額・面・鏡など、奉納されたものも数多くあります。
また、旧境内に奉建された石碑は、林崎甚助重信公の石碑を始めいくつもあります。
現在も居合を学ぶ剣士の皆さんによる参詣と奉納演武が多く行われています。

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◎釜ケ澤大明神

◇山形県尾花沢市細野

林崎甚助重信公がここで剣の修行に励んだといわれています。
石城嶽に続く株倉山の嶺近い山腹にあり、岩窟の中に大明神がお祀りされています。
真夏でも涼しく、沢を登っていかなければならいその場所は、道中がすでに修行のようです。重信公は村山市林崎側から山を越えて来ていたものと思われます。
岩窟のすぐ横には重信公が瞑想したといわれる岩があり、体を休めるのにも良い具合です。
林崎「熊野明神」の奥の院になります

  • 大明神までの道程 お山へ入ります。
    大明神までの道程 ひたすら登ります。
  • まさに沢登りです。
    まるでトンネルです。
  • 釜ケ澤大明神の岩窟。道なき道を登ること約1時間でやっと到着。
    地元の方の道案内無しではたどり着けません。
    2016年夏 奉納演武にご参加の皆様 岩窟前の甚助公の修行した場所にて。
  • 林崎甚助公が腰かけて瞑想をしたと言われる岩。
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◎蓮馨寺(れんけいじ)

◇埼玉県川越市連雀町

林崎甚助重信公が晩年73歳のころに川越を訪れ約5か月滞在したと伝えられています。
その後奥州へ旅立ったそうですが、後の消息は不明です。
甚助公の没後98年、享保元年(1716年)に蓮馨寺で法要が営まれました。
昭和57年には追悼のため木碑が建てられました。
平成25年には「居合抜刀始祖 鎮魂の碑」が建てられています。
現在、毎年2回奉納演武が行われています。

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